2021年03月24日

奪われた『スポーツ』

●書いてる人:日記(かめさん)

春になってセンバツ甲子園が開幕し、様々なプロスポーツの開幕の時期になっていますが、
自分はあれほど楽しく見ていた高校野球やプロ野球に一切関心が無くなっています。
ニュースで流れた瞬間にチャンネルを変える程には酷くありませんが、
普通のニュースと同じ感じで流し見るだけで、純粋に興味が湧きません。
この先、オリンピックが開かれたとしても、その感覚は変わらないでしょう。


どうして、自分がこれだけ『スポーツ』に対する興味が失せたかと考えれば、
自分にとっての『スポーツ』は、ただ『見る』ものではなく、
『する』の延長線上にあったからでしょう。
野球やサッカーの試合を見て、「今の選手のプレーが凄かった」、
「監督の采配が良かった・ダメだった」と考えるのは、
自分がその場に立ってスポーツをしていることを仮定してのことです。
逆に自分の経験にはないスポーツ、冬季スポーツのフィギュアやスキージャンプは、
経験がないだけに、そういうことが考えることができません。
前者は『「する」の延長線上にあるスポーツ』であり、
後者は『専ら「見る」スポーツ』と考えることができます。

今までのメジャーなスポーツは、競技人口も多く、
多くの人にとって『「する」の延長線上にあるスポーツ』でした。
しかし、コロナ禍で外出が難しくなり、
筋トレのような個人でできる運動はともかくとして、
球技のような団体スポーツを私的に楽しむことが絶望的な状況になり、
多くの一般の人々から『スポーツ』が奪われてしまったわけです。

逆にプロスポーツ選手たちはそれで生活が懸かっていますから、
コロナ禍であっても何とかして『スポーツ』を行おうとするわけです。
色々な創意工夫をして試合を行ってきましたが、
それが結果的に、プロスポーツ選手の『スポーツ』と、
『スポーツ』を奪われてしまった一般プレイヤーに二極化してしまったのです。
一般の人からすれば、言い方は悪いですが、
プロスポーツプレイヤーは「空気の読めない奴」であり、
さらに悪く言えば「『スポーツ』を独占している奴」になってしまいます。
結果として、コロナ禍が『スポーツ』のできる人・できない人の二極化を生み、
精神的乖離を大きくしてしまったと自己分析しています。

よくプロを目指していたスポーツプレイヤーが怪我などで選手生命を絶たれ、
その後、そのスポーツを見れなくなったような話を聞きますが、
程度の差こそあれ、似たような感覚なのかもしれません。
『スポーツ』は誰でも行うことができるということで一般化してきましたが、
皮肉にもコロナ禍が健康でなければスポーツが成立しないことを示し、
環境的に続けられる人・続けられない人の二極化を生んだように思えます。


私達が今考えなければならないのは、『スポーツ』は誰のためものか、です。
オリンピックにせよ、多くのプロスポーツは、商業的です。
一部のトッププレイヤーがショーとして客に見せる、それが『スポーツ』なのか。
それとも、多くの人々に実際にやってもらって楽しむ娯楽としての『スポーツ』なのか。
トッププレイヤーのための勝利至上主義の『スポーツ』なのか、
楽しみとしての人々の娯楽から発展していく『スポーツ』なのか。
お隣の韓国では幼い頃からのトッププレイヤー育成が災いと化し、
一部のパワハラ・性的虐待に及ぶまで問題が深刻化しています。
韓国の場合は早々に前者に舵を切った結果と言えましょう。
逆に日本は学校教育としての「体育」からスポーツを根付かせることに成功し、
ボトムアップ型でプロスポーツを押し上げる体制を取ってきました。
今、コロナ禍で起こっていることは、『ボトムアップ型スポーツ』の崩壊であり、
日本はこの先、『トッププレイヤーの独占スポーツ』になってしまうのでしょうか?

私達から奪われた『スポーツ』は一体どこに行ってしまうのですか?
プロスポーツ界は「する『スポーツ』」を傷つけながら、
「見る『スポーツ』」を押し付けていくのでしょうか?
『スポーツ』を見せることが人々を勇気づけることだと考えているとしたら、
それはスポーツ界の驕りです、押しつけでしかありません。
今、スポーツ界に必要なのは、スポーツ界が『無視してきた現実』、
障がい者スポーツや生涯スポーツにどう向き合うか、です。
コロナ禍でも、誰でも楽しめる『スポーツ』、
マスクをして会話をしていなくても楽しめるような『スポーツ』、
それを考えることこそがスポーツ界の使命だったのですが、
結果的に、コロナ以前と変わらないことを続けてしまったために、
今、日本の『スポーツ』は崩れかかっているように思えます。

おそらく、オリンピックをこのまま開催しても、
そのギャップは埋まるどころか広がるだけでしょう。
日本の『スポーツ』が限界を迎えているのは明らか。
今後は単なるゲームとしての『eスポーツ』だけでなく、
体感的なスポーツゲームも次第に『eスポーツ化』され、
今後はそちらが主流になっていくのでしょう。
『スポーツ』は自ら首を絞め、競技人口を減らしながら、ゆっくり死に至ろうとしています…


◆ニュースネタ 渡辺直美に「おわびしてもしきれない」佐々木氏辞意
またしてもオリンピック関連の不祥事…
これ、本気で考えていたのか、悪ふざけで言ったのか、どちらなんですかね?
どちらにせよ、本人の了解なしに進めていたのならば、大問題ですけど。

森前会長の女性蔑視発言もそうですが、
日本の「偉い人」のスピーチって『悪ふざけ』を取ろうとすることがあるんですよ。
フランスの『エスプリ』、イギリスの『ウィット』、英語の『ユーモア』、
日本語なら『機知』になるんでしょうが、それを狙って勘違いしてる奴(苦笑)
所謂、「気の利いたことを言おうとして失言する」輩が多過ぎるんです。

どうして捻じ曲がったのか知りませんが、所謂『ブラックユーモア』、
一番日本で適切な感覚で言うと「嘲笑」を取ることだと勘違いしてるんです。
まぁ、これは日本では批判意識がなかなか育たず、
「お上を揶揄する」的な流れで評論が育ってきたせいなのかもしれません。
「揶揄した発言」=「嘲笑を取る」≠「ユーモア」と勘違いされた節があります。

違うんですよ、全く違うんですよ。
上手いこと他の事例に置き換えたりして、話を関連付けること、
落語のような言葉遊びの感覚に似たものが「機知」なのに、
他人を扱き下ろして嘲笑を取ることだと勘違いしている奴らが多過ぎる。
こういう所に人間の『センス』が出てくるんですよ。
言うまでもなく、こんな発言をする人は「下劣」ですよね…

「実るほどに首を垂れる稲穂かな」、今こそ思い出したい日本語です。


◆ニュースネタ 総務省接待問題 蓮舫氏の追及に「珍答弁」武田総務相しどろもどろ
報道によると25回も「国民が疑念をいだくような会食はしていない」と答えながら、
週刊誌でその事実が暴露されると一転して認める発言…
いや、その発言から完全に会食はしているのだろうと推測はできましたが、、
たったその一言を聞くためだけに、国会でどれだけの時間が費やされたのか?
森友・加計学園問題、桜を見る会問題、日本学術会議の問題、総務省接待問題…
野党はいつまでその問題を追及しているの?という心無い声も聞こえますが、
政府がいつ誠実に答えたというのですか?
こんなんばっかですよ、今の国会(苦笑) 言葉遊びじゃねーんだわ。

他にも予告質問やそれに対応する官僚の残業問題も上がってましたが、
そもそも、何で国会での質問を予告する必要があるのか?
そもそも、何で大臣の答弁を官僚が考えなければならないのか?
こんなの先生がテストでこの問題が出ますよと言っておいて、
学生が他人に問題を解かせ、それを丸写ししてるだけでしょ?
ただのカンニングです。
確かに、細かい統計データなど大臣は知らないでしょうから、
そういう数字の面で官僚が調査することは十分ありうる話ですが、
国会質問の大半はそんな数字の羅列ではありません。
個々の問題の傾向や認識を問われることの方が多いので、
そんなものは官僚の手を借りるまでもないことです。
それを官僚に頼って一字一句同じ文章を読んでる方が恥ずかしい。
口では「政治主導」と言いながら、その口から発せられる言葉は「官僚主導」ですよ。
矛盾してますね。


◆ニュースネタ 二階氏発言に波紋 河井克行被告事件「他山の石」
他人事にしてんじゃないよ(苦笑)
まぁ、他人事にしたいからこそ、河井被告は罪を認めさせられたのでしょうが。
本格的に選挙を睨んで動き出したということなんでしょう。
臭いものに蓋をしただけの発言です。

そこら辺の批判はみんなしてるでしょうから、
ここは敢えて『他山の石』という言葉を拾い、教訓を得てみようと思います。
今回の河井夫妻の買収事件から得られる教訓は、
「人間は余計な金を与えると、余計なことに金を使ってしまう」ということです。
当たり前のことですが、買収する金がなかったら買収できないんですよ。
買収する金があるから、余計なことに金を使うわけです。
つまり、通常の自民党候補者の10倍以上とも言われている選挙資金があったからこそ、
買収は可能だったとも言えるわけですから、
一番悪いのはそんな大金を何の支持もせずに渡したバカです。
誰でしょうね、そのバカ。領収書なしに1億5000万円もポンと渡すバカはw↑
見事なブーメラン。

想像してみてください。
「これで選挙で勝て」と言われて、お金をポンと1億5000万円渡されます。
あなたはどうしますか?
相場の10倍もの大金を渡されたのだから、是が非でも「結果」を出せということでしょう。
では、そのための「手段」はどうするべきか?
最も無難な方法は、「上司が用いている手段」を使うことです。
これならば、仮に結果が残らなくても仕方ないとなります(別に評価も上がりませんけど)。
できる奴ならば、この上を狙いに行くでしょう。
河井被告がどういう「手段」を考えたのかは分かりませんが、
それが「賄賂」だったというのは、偏見が過ぎるか、そういう先輩ばかりだったのかのどちらか。


◆ニュースネタ 性悪説or性善説…組織マネジメントはどう考えるべきか
いやぁ…「性善説」って最初が善なだけで、現時点で「善」とは誰も言ってませんけど…
わりと勘違いされがち。

性善説も性悪説も、現時点での善悪評価はそんなに変わりません。
良くも悪くも右往左往するのが人間です。
誰だって常に利己的に動くわけでもありませんし、
誰だって常に他人のために動くわけでもありません。
利己的に動くこともあれば、他人のために動くこともあります。
過去(根本)が「善」であろうが「悪」であろうが、
現時点で両方が混在しているのが「人間」です。
「性善説」の人間が「善」しかしないと考えるわけもありませんし、
「性悪説」の人間が「悪」しかしないと考えるわけもないでしょ?
多少語弊があるかもしれませんが、
言い聞かせて何とかなると思うのが性善説、
無理矢理やらせるのが性悪説の方が近いでしょう。

現時点でも「善」だと信じてる奴は平和ボケのボンクラなだけですよ?
●LINEの個人情報管理に不備 中国の委託先がアクセス可能な状態
●日本のLINE利用者の画像・動画全データ、韓国で保管
↑ボンクラの例。
海外の会社が個人情報をしっかりと管理してるわけないでしょ?
商売は基本的に利己的な行動です。
商売人が利己的に動くのは自然の摂理ですから、「悪」の方向に動くのは当然。
組織目標としての「善」なる意識統一ができてないのに、
「善」の方向に向かうわけがありません。

日本人の悪い所は、言い聞かせてもいないのに、「以心伝心」できると勘違いしている所。
「善」が「以心伝心」するわけがありません。
お前の思いついた「善いこと」なんて知らんがな。
それを言葉にして初めて「共感」できるんですよ。
善き言葉は言わなきゃ伝わりません。
逆に悪い言葉は言うと周囲も自分も傷付けます。それだけのこと。そんな当たり前のこと。


◆ニュースネタ 同性婚訴訟判決「画期的」「混乱つながる」 各党温度差
自分の考えとして、両方とも「前提」が違ってます。
同性婚が差別されているのではなく、結婚制度が優遇されてるんですよ。
つまり、男女のパートナーがいる人が社会的に優遇されているだけ、
同性のパートナーが差別されていると言うならば、
シングルの人もまた差別されているんですよ?

要は何を変えていかなきゃならないかといえば、
婚姻制度が前提となっている社会を変える必要があるということです。
違うのよ、「同性婚」が差別されてるんじゃないのよ。
それだと「シングル」も差別されてるのよ。
社会的に婚姻制度を優遇し過ぎたことの歪が出ているわけで、
変えるのは同性婚を認めることではなく、そっちでしょ?

もっとも、某議員のように「非生産的」とまでは言わないものの、
国家として出生率を上げて社会の発展を目指したいという政策目標も分かります。
それが「婚姻制度」の目的であったことは明らかでしょう。
私達が考えるべきは、その政策目標がどうあるべきか。
同じように出生率を上げようと思うならば、男女の結婚は優遇されるべきでしょうし、
逆に発展から調和の社会を作っていこうと思うならば、
男女の結婚を優遇する制度を改め、個人として平等に扱うべきでしょう。

つまり、社会的な政策目標をどう掲げるのかということです。
婚姻制度というのは絶対的なものではなく、
社会的な政策目標を実現するための「手段」に過ぎないわけです。
だから「結婚」がゴールじゃないんですよ。
「結婚」=「手段」なのだから、スタートに過ぎないんですよ?


◆ニュースネタ 緊張感無き「宣言解除」リバウンド回避には「脱馴化」が必要
緊急事態宣言が解除された後、早速、観光客がわらわらと…
マスクをしてない人もちらほら見かけるようになりましたし、
やっぱり緊張感の欠片もねぇなぁと思わされます。
やはり予想通り、「第4波阻止」の呼びかけよりも、
「解除」の緩みの方は先行しちゃいましたねぇ…

その「第4波阻止」も10%程度でしかなかった変異株の調査を
40%に上げると菅総理は言ったものの、
今の今までその程度しか調べていないことに愕然としますし、
全部調べるわけでもない、半分しか調べられないことに愕然とします。
変異株の中には若者が重症化しやすいものもありますし、
変異株が国内で同じような形で突然変異した可能性も否定できないので、
空港検疫だけで足りるのか、若者のいどうも制限しなくていいのか等々、
対応策も当然に変わってきます。
それすら予め調査もせず、まともな対応策を取らずに、
簡単に緊急事態宣言を解除してしまう政府は、やはり無能でしょう。
結局、変異株が猛威を振るうであろう第4波の準備は何もせずに、
裸のままで緊急事態宣言を解除したわけですから、やっぱり無能です。

国民の中にはワクチンに期待する声が聞こえてきますが、
これは明らかに報道統制が敷かれ、
ワクチンに批判的な報道を封じているからに他なりません。
●五輪前のワクチン供給絶望的 居直り“ノーガード”開催に国際社会ドン引き
最も基本的な情報である「ワクチンの効果期間」は相変わらずダンマリです。
中国製のワクチンを打った人が感染したという報道がありましたが、
これは中国製のワクチンに限らない特徴でしょう。
ワクチンの元となった抗体が数カ月程度で消えてしまうのですから、
長期間効くということは正直考えづらいです。
おそらく、半年も経てば、同種の報道は増えてくることでしょう。
さながら「100日後に裏切られる国民」といった所でしょうか…

都合の悪い情報をシャットダウンして、その結果に生まれるものは何なのか。
「油断」しかありませんよ。
分科会ではワクチン接種後もマスク着用を呼びかけていますが、
果たして、国民にそのアナウンスは届いているのでしょうか?
要するに、ワクチンを打ったところで社会は何も変わらないということです。
密を避けるという行動は、半年後も1年後も変わらないと思われます。
どこかの時点でウイルスが弱毒化し、そちらの方が一般化する可能性があるので、
永遠に続くとは言いませんが、10年単位の話にはなるでしょう。

では、今の日本にその覚悟があるのですか?と問いたい。
それが本当の「コロナ対策」ですよ。

アーカイブ