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2017年05月26日

「読売新聞に書いてありますから」

憲法改正発言を問われて切り返した安倍総理のこの発言、
「国会軽視」だとか「逃げの答弁」だとか色々と評されましたが、
ある意味で、この言葉が森友学園問題・加計学園問題の真相を現してる気がします。

結局、安倍総理が誰に対して政治を行っているかと言えば、
「国民全般」だとか、「自民党に投票している一般有権者」とかでもない。
「自分と直接繋がりのある支持者」に対してだけ、ということです。
さすがに、国民全員を平等に取り扱えと聖職者のようなことは言いませんが、
韓国やアメリカの大統領のように一般有権者の人気取り政策を行うわけでもなく、
どうも「顔の見えない」人達への人気取り政策が少な過ぎる印象を受けます。
逆に、具体的に利益を得る人が目に見える政策が展開されている傾向があります。
つまり、自分から「顔が見える」具体的シンパばかりが得する政策を行っている、
それが安倍政治の実態のように思えるわけです。

そういう視点から一連の問題を眺めると、
政府に都合の良い情報を発信してくれる読売新聞は実に贔屓のし甲斐のあるマスコミで、
森友学園は「美しい国」を象徴するような右翼的な教育を行い、
加計学園は長年の友人で、総理就任後も何度も面会している仲。
彼らは全て安倍総理から「顔が見える」人達です。
安倍総理は平等に扱うことで自身の株を上げたのではなく、
敢えて人を贔屓することによって自身の株を上げた、そういう印象があります。

「読売新聞に書いてありますから」、それは安倍総理の政治手法そのもので、
一連の疑惑が発生するのは至極当たり前の話のように思えます。
韓国の歴代大統領や親族や側近の汚職で消えていった政治システムが、
日本でも再現されつつある、そういうことではないでしょうか?


…まぁ、しかし、4月中旬以降の流れは何ともキナ臭い感じでしたね。
今年は強硬派のトランプ大統領がいたとはいえ、
北朝鮮のミサイル問題は毎年の風物詩みたいなものでしたし、
今年だけ政府もマスコミも殊更に危機感を煽ってたのは、やや滑稽にも見えました。
それでいて具体的な対策、米軍基地や原発への防衛、避難、都市部のテロ対策など、
具体的に着手した形跡はなく、ひたすら「呼びかけ」のみ、違和感だらけでした。
北朝鮮問題を殊更に強調することで、森友学園問題や復興大臣の失言問題を風化させ、
憲法改正や共謀罪の議論を加速させようと危機感を煽った、そう邪推できる感じでしたねぇ…


◆ニュースネタ 加計学園問題を巡る政府官邸VS文科省OBの対立構図
森友学園問題が表面化した時点で、加計学園獣医学部の新設に関しても報道されてましたが、
まさか、ここまで問題が大きくなるとは思いませんでした。
文科省の内部文書とされる物証が出て、それを前事務次官の前川氏が認めたことが大きいですね。
これが事実なら、官邸サイドが官僚に権力を使って強要したとも取れ、
忖度程度の話では済まされない、韓国政治のような利益供与事件にも発展しかねないスキャンダルです。

どうして、このタイミングで文科省(のごく一部)が反旗を翻して内部告発をし、
さらにそれを前事務次官が肯定したのか、これは色々な邪推が働きそうな話です。
個人的には、やはり前事務次官の辞職の決め手となった「天下り問題」が無縁とは思えません。
加計学園問題で消極的だった文科省と積極的だった政府官邸、
今回の話で再度名前が出てきたように前川氏はただの官僚ではありません。
独自の人脈を持つであろう、政府官邸のバックアップがなくとも生きられる「うるさ型官僚」、
そういった事情を考えると、文科省OBの天下り問題でさえ、
文科省に対する見せしめ、「政府側のリークではなかったのか?」と疑惑が生じてしまいます。
少なくとも、前川氏や文科省OBはそういう疑念を抱いたのではないでしょうか、
それがこのタイミングでの反旗を翻した理由のように思えます。

自分達に逆らう者には容赦なし、便宜を図らなかった文科省は天下り問題で失墜…
そう考えると、加計学園問題はただの利益供与事件に止まりません。
政府官邸は、一般官僚に対しては人事権を餌に言う事を聞かせ、
歯向かう官僚に対しては情報のリークで追い落としを図る…まさに権力を傘にやりたい放題…
まぁ、あの官房長官ならやりそうなことです。あの官房長官はやりかねんね、うん(苦笑)


◆ニュースネタ 共謀罪の罠~現代の五人組制度・連座制の適用~
何度国会で質問に挙がっても、政府が「組織的犯罪集団」とは何かを明らかにしません。
一般国民が対象ではないと言いつつも、組織的犯罪集団の構成員になる可能性も否定しない。
結局、誰が「組織的犯罪集団」を定義するのか?
時の政府の気分次第、となっちゃうのが、この法律の恐ろしいところです。

先日のニュースで大阪の小学校教師が、校長と同僚教師と教育論を語りながら飲み合った後、
帰路に付く途中で一人公園で一休みした後、
何を思い立ったのか、22時過ぎに教え子の家に押しかけ、
説教の末に体罰を行って逮捕された、というニュースがありました。
例えば、この非常識極まりない教師が行った犯行の動機として、
飲み会で語り合った教育論が少なからず影響していたとするならば、
校長も同僚教師も「組織的犯罪集団」として取り調べを受ける可能性があります。

要は、ある社会的集団の中で、一人の犯罪者が生じた時、
その社会的集団は「組織的犯罪集団」と見なされる可能性がある、ということです。
つまり、これは連座制の復活そのものです。
連座制とは、時代劇や歴史物とかでよく見られる、
一族から重大な犯罪者が出た時に、見せしめとして一族全てが皆殺しにされる、というアレです。
言論テロと言われて総理が「イイネ!」と返すあの新聞社の1人が、
何か重大な犯罪を犯したとするならば、その新聞社全体が組織的犯罪集団として捜査されかねません。

学校や会社、町内会やスポーツクラブ、趣味の懇親会や宗教団体、
人間は色々な社会的集団に所属しています。
もし、その中から1人の犯罪者が出てしまったら、「組織的犯罪集団」に落とされる可能性が常にある、
それが共謀罪の恐ろしいところです。


◆ニュースネタ 2020年までに憲法改正?
何度も言いますが、「お前が言うな」と。
別に憲法改正自体は反対ではありません。
それが真に国民の立場からのものであるならば、ですが。
今の憲法改正の動きは政治家側、権力者側からのものなので、
とても受け入れられるものではありません。
憲法草案を作るのは、自民党ではなく国民会議です。

憲法と法律の違いは、「誰を拘束するのか」です。
法律は権力者が一般国民を法で拘束するわけです。刑法が典型ですね。
一方の憲法は国民が権力者を拘束するわけです。
国民は憲法に直接的に拘束されるわけではありません。
国民保険を納税しなかったから、働かなかったから、
子どもを学校へ行かせなかったから、憲法違反で逮捕されることはありません。
別の法律で逮捕される可能性はありますが、
それは憲法の理念に則って権力者が定めた法律によって、です。
国民が政府に権力を委ねる上での約束が「憲法」、それが「立憲主義」です。
法律は国民を、憲法は権力者を拘束するのです。

つまり、今の憲法の改正は、憲法に拘束される側の一方的な改正論であって、
改正の必要性を訴えて国民に草案を作らせるならまだしも、
憲法に拘束される側が一方的に拘束内容を決めるのは、独裁者と何ら変わりません。


憲法9条に関しては、昨今の北朝鮮問題や中国の海洋進出を念頭に、
改正の声が強くなってきていますが、
9条の歴史的意義を置き去りにされてる感が否めません。
9条は「武力の行使」は勿論、「武力による威嚇」も禁じています。
「武力による威嚇」とは、現在、北朝鮮とアメリカがやっているアレですよ。
つまり、外交カードとして武力をチラつかせることも9条は禁止しているのです。

「パワーポリティクス」の世界観では、外交の手段として武力は正当化されていました。
核抑止力論も武力による威嚇を用いた平和論です。
均衡した武力が平和をもたらしたことも歴史的事実です。
しかし、今の兵器は核兵器にしろ、化学兵器にしろ、
ミサイルの数に関係なく、1個使っただけでも甚大な被害をもたらします。
言わば、20世紀はパワーバランスが崩壊した世界だったわけで、
そこを生き抜く新しい方策が「憲法9条」だったわけです。

「武力による威嚇」が偶発的戦闘を呼び、それが戦争に至る。
戦争が一旦始まってしまえば、制御不能に陥ってしまう、それが歴史的事実です。
太平洋戦争も今の北朝鮮の広報動画のようなアメリカを焼野原にする発想はなかったでしょう。
フィリピンからアメリカを追い出した時点で当初の目的は達成できたはずです。
でも、戦争は終わらなかった、相手の事情もあれば、自国の事情もある。戦争は止まりません。

逆に、日本が武力を持てば、北朝鮮や中国がおとなしくなるのでしょうか?
トランプ大統領が過去に発言したように、例えば、日本と韓国が核を持ったら、
北朝鮮は「普通の国」になるのでしょうか?
まぁ、ありえませんよね。手段が生物化学兵器テロに変わるだけです。
そうなったら、今度は日本が北朝鮮にサリンテロを行う覚悟があるのか?
荒唐無稽、ナンセンスです。

「武力のない平和」も非現実的であれば、「武力による平和」もまた非現実的です。
それを理解した上で、憲法9条がどうあるべきなのかを議論して欲しいです。
ぶっちゃけ、国策として平和主義を掲げながら、
現実として自衛隊という戦力を保持している現状は、最も現実的なのかもしれません。


◆ニュースネタ 自民・大西議員と民進・大西議員の舌禍騒動
自民党・大西英男議員が受動喫煙防止を議論する自民党の部会で、
「(ガン患者は)働かなくても良い」とヤジを飛ばして、問題になったようです。
当初はその発言自体を否定していたものの、
その後は発言の趣旨が違って伝わっていると謝罪、
「そういう場所(喫煙可能な飲食店)で働かなくても良い」という意味だったと訂正しました…
…いや、それ何もフォローになってないんですが(苦笑)

現在、国会での受動喫煙防止対策の議論は、
飲食店の「原則禁煙」を掲げる厚生労働省と「分煙」を主張する自民党とが対立しています。
大西議員がヤジを飛ばした相手は、ガン患者が飲食店で働けないという趣旨の発言だったので、
大西議員は自民党の「分煙」主張派ということになりましょう。
ということは、「分煙」派=「原則禁煙」では困る派=飲食店は喫煙可能にして欲しい、わけで、
仮に「分煙」となって、飲食店がこういった自民党の意向を忖度して、基本「喫煙可能」にしたら、
ガン患者の人は文字通り飲食店で働けない、ということになってしまいます。
つまり、全くフォローになっていない、言葉通りの意味であることは変わりません。

さらに問題なのは、この発言のスタンスが「分煙」派=喫煙者のスタンスと勘違いされかねないことです。
そもそも、何のために受動喫煙対策を議論しているのか?
その飲食店で働いていた従業員は、自分では喫煙しないものの、
客の副流煙を長年吸い続け、その結果、肺がんを患った人だったとすれば、どうでしょうか?
その従業員は喫煙者のせいで肺がんとなり、
その結果として「ガン患者はそんな場所で働かなくても良い」と言われて、職場を追われる羽目に。
そうならないための受動喫煙対策の議論なのでしょう?
これでは受動喫煙で割を喰ったものが、ひたすら損をし続ける社会であり続けろと言ってるものです。
喫煙者が与える迷惑を全く考えていない、肺がんになる奴が悪いと言わんばかりです。
「禁煙」「分煙」? そんなもの知らねーよ、受動喫煙対策なんて知るかよ、という基本姿勢が、
大西議員の発言からは伺われてしまうわけです。
もはや日本の喫煙者は2割~3割ほどしかいないと言われています。
その2割~3割の人の迷惑を非喫煙者は甘んじて受け続けなければいけないのか?
社会的に追い込まれているのは喫煙者であることを、自民党の政治家たちは見識を改めるべきです。
要するに、こんな発言を簡単にしてしまう大西議員は議論に加わる資格を最初から持ってないんですよ。


一方の民進党・大西健介議員は厚生労働委員会の質問の中で、
美容外科の過大広告を問題視する発言の中で、高須クリニックのCMとおぼしき内容を紹介したことで、
その高須クリニックがCMを陳腐とされたことや、悪徳美容外科の代表格にされたことは、
名誉棄損だとして裁判で訴える方針を表明したとされています。
…まぁ、大西議員は多少軽率だった面はありますが、逆に高須クリニック側も何でそんなに過剰反応すんの?
美容整形は他の医療と明らかに違う点があります。それは顧客の満足度です。
整形外科で手術の縫合が気に入らない、ギブスの巻き方が気に入らないから裁判だという人はごく少数でしょうが、
美容整形で意図したものと違うというケースは当然ありえます。
縫合後の体を理想化する人はほとんどいないのに対し、美容整形後の顔を理想化する人は大半でしょうに。
つまり、美容整形外科の場合は、多かれ少なかれ、顧客満足度が高い場合と低い場合があるということです。
顧客満足度が低かった人からすれば、それは「悪徳美容外科」ということになるでしょうよ。
つまり、高須クリニックが裁判を起こすのはリスクしかあり得ません。

そもそも、このような裁判が認められれば、国会議員は社会問題を抽象的にしか取り上げられません。
ですから、院内での発言は責任を問われないことになっています。
高須クリニック側が殊更に裁判するぞと脅しをかけることは、逆に言論弾圧に他なりません。
怒りに任せて行っているようですが、その自覚があるのかどうか。軽率なのはどっちなんでしょうねぇ…