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2018年12月31日

今年も終わり。世界も\(^o^)/

一年を振り返って感じるのは、政治に対する失望感でしょうか。
日本だけでなく、アメリカ・韓国の政治腐敗も酷くなってますねぇ…

日本では、二世・三世議員に対する失望感は以前から強かったのですが、
官僚機構がしっかりしてさえいれば大丈夫、という安心感がありました。
それが今年は財務省の公文書改ざん問題に始まり、
文科省の問い合わせ問題、
厚生労働省の裁量労働制のデータ改ざん、
法務省の外国人労働者の意図的なデータ操作、等々と不祥事が続きました。
人事権を総理官邸に握られたことで、
官僚が憲法における『国民全体の奉仕者』ではなく
『安倍総理個人への奉仕者』に変容し、官僚機構が腐敗してしまいました。
結果として、裁量労働制や外国人労働者の受け入れ拡大、
北方領土交渉における二島返還論などなど、
日本の国益に反する政治判断が下され、来年の消費税増税の混乱を含め、
今後の日本の政治に大きな禍根を残すことになるのは間違いありません。

アメリカではトランプ大統領の暴走が止まりません。
ついには国際協調主義を訴えたマティス国防長官も退任決定、
さらに内向きのポピュリズムに走る政権の暴走は歯止めが効きません。
トランプ大統領は「アメリカを再び偉大な国に」と言ってますが、
実際に起こっているのは逆で、
アメリカに対する尊敬を失わせるものでしかありません。
アメリカが偉大な国として世界に受け入れられたのは、
「世界平和のために」という大義名分があったからこそ、です。
本音ではアメリカの国益を重視しつつも、
建前として世界の警察として平和を守っていたからこそ、
アメリカは尊敬され、偉大な国であり得たのですが、
今や、その尊敬を捨て去り、世界の警察としての任務を放棄すれば、
アメリカに対する反発が増すばかり…
アメリカを偉大な国から普通の国へ転落させたトランプ大統領の罪は重いです。
もはやアメリカに拘る必要はなくなってしまったわけですから。
アメリカがすることが正しいという時代は完全に終わりました。

韓国は退任した前大統領が必ず汚職等で追われるなど、
前政権の否定を現政権の正当性の根拠にする節がありましたが、
今回の文政権は最初から朴前政権の否定からスタートしているだけに、
政策の完全否定が多くの矛盾を生み出してしまっています。
それでいて国内的に多方面に良い顔をしようとするから、上手くいかない。
日本と敵対するつもりはなくとも、敵対した方が国民受けが良いから、
そちらを選んでしまう、経済的には日本に依存せざるを得ないのにも関わらず。
徴用工問題の解決も慰安婦財団のような形でしか解決を図れないのに、
その慰安婦財団を簡単に解散してしまうから、解決策がなくなってしまう。
責任転嫁の繰り返しが多くの政策矛盾を生み、
何事も上手くいかなくなっているのが今の韓国です。

昨年にも増して、国際社会が内向きになったのが2018年だったように思えます。
それも悪化している。一時的な現象ではなく、制度として定着してしまっている。
それを批判できているアメリカの方がまだマシで、
今や日本のNHKを代表するように、日本の大手マスコミは批判さえしなくなった。
来年は国際協調主義の枠組みそのものが崩壊しかねず、
下手すると第三次世界大戦の足音を聞きかねない静かな危機が来そうな感じですね…


◆スポーツネタ 体操界パワハラ疑惑 塚原夫妻の職務停止を解除
正直、パワハラの話を聞いた時は半信半疑の部分もありましたが…
パワハラの定義というゴールを動かさざるを得なかったということは、
それだけ酷いパワハラがあったということの裏返しだったのでしょうね。
「パワハラはなかった」という報告書が出ること自体に、
結論ありきの体操界の闇を感じます。

パワハラの定義は、
「職権などのパワーを背景にして、本来業務の適正な範囲を超えて、
継続的に人格や尊厳を侵害する言動を行い、就労者の働く環境を悪化させる」ことですが、
その判定は「客観的に見て適正な範囲を超えるもの」を基準に行われます。
今回の報告書ではこの定義を「著しく超えたとは言えず」となっており、
定義を超すためのハードルが段違いに設定されてしまっています。
通常の定義が1mのハードルだとすれば、今回の報告書の定義は5mのハードルとなり、
「客観的に見て不適切だけれども、パワハラではない」という意味の分からない結果に。
客観的に見て不適切=パワハラなんですよ、本来の定義では。
勝手に定義を変えてゴールを弄ってしまう辺りが、
まともに擁護できない程にパワハラが酷かったことの裏返しでしかありません。

「パワハラなどなかった」という結論ありきの報告書に終わったのは、
東京オリンピックまで残り1年半程しかなく、
体制を一新する余裕がなかったことが大きいでしょうね。
逆に言えば、それだけ人材難ということ。
一部で権力闘争説も流されましたが、権力闘争するだけの力を持った人物がいれば、
こういう結論にはならなかったでしょう。
塚原夫妻に代わる人間がいなかったということ。それだけのことです。

とはいえ、こんな報告書が出てくる組織は、ぶっちゃけ、もう死に体でしょう。
諦めて別の組織を作った方が断然マシだと思われます。
具体的な選手選考の問題が出てきた際に、スポーツ仲裁裁判所に提訴すべき案件。
体操協会内での自己浄化は完全に不可能になったと思います。

それに対して能天気な発言…
こちら
これが水泳の一発選考や、マラソンで導入されたグランドチャンピオンシップのような、
協会内の選手選考に対する内規程度の話なら、その見解は当てはまると思いますが…
あまりに無責任すぎるかな、と。
今回の騒動を傍から見ていて好きにしろと思ってる方が、
オリンピックの結果をとやかく言う資格はないと思いますし、
それは体操競技そのものに興味を持っていないようにしか映りません。

日産のように権力闘争の道具として使われているなら、分からなくもない態度ですが、
現状ではそういった雰囲気も感じられません。
「ゴーンは報酬貰い過ぎでけしからん。日産を守ったのは素晴らしい」と言ってる人の方が、
よっぽど能天気かつ性格悪いように思えますけど…


◆プロ野球ネタ 巨人・上原と再契約、巨人・内海がFA人的保障で西武へ
上原投手を自由契約にした際は、「FAの人的保障逃れでは?」という話もありましたが、
それなら内海投手も自由契約にしておけば良かったのにね。
ということは、巨人にそういう意図はなかったということでしょうか。
身をもって証明したというのも、なんと皮肉なことか…

まぁ、でも、穿った見方をすれば、内海投手を体よく放出できた面もあるかもしれません。
自由契約やトレードで出したのでは、ファンの反発も強いでしょうし。
今回の反発も想像以上ですが、プロテクト28人に入らなかったと言われればそれまで、
ファンの反発を最小限に留めて放出できたという面もあるように思えます。

なぜなら、西武側から見れば、内海投手を指名することは容易に想像できたはずです。
投手が不足し、とりわけ菊池雄星投手のポスティング移籍が濃厚で左腕不足。
ドラフトでも支配下選手では左腕を補強できず、優先順位は高かったはず。
また、過去にも西武は実績のあるベテランの江藤選手を人的保障で指名した実績があり、
「若手が狙われると思っていた」という言い訳は通用しないでしょう。
巨人からすれば予想外の出来事ではなく、想定の範囲内だったように思えます。

逆にライオンズからすれば、内海投手の加入は非常に大きいです。
岸投手のFA移籍以降、投手陣のリーダーがいなくなり、
それが結果的に投手陣全体の不調を招いた面は否めません。
実績のある内海投手が加入することで、投手陣がチームとしてまとまれば、
波及効果は2倍にも3倍にもなります。

仮に、来年、FA権を行使して巨人に戻ったとしても、
それだけ成績を残した証(少なくとも5勝以上はしてるでしょう)ですし、
計算できる外国人投手が働いてくれた上に、
再度、人的保障で戦力補強する機会があると考えれば、
非常に美味しい買い物になります。

ライオンズにとっては、二重にも三重にも嬉しい内海投手の加入となりましたね。

2018年12月12日

安価な労働力の流入が中産階級を没落させるのは歴史の必然

敢えて本題は後回し(後述:政治ネタ 入管難民法改正で『ブラック日本』誕生)

日本人は本質を見る目がないというか、表層に囚われがちというか…
橋下徹氏に言わせれば、「フェアじゃない」というところなんでしょうが…
 こちら「韓国・徴用工判決に対する批判はアンフェア」
同意。特に外務大臣は日露交渉は秘密にしながら、韓国に対しては公然と非難するのは…
ダブルスタンダードと言わざるを得ない。
最近の橋下氏は、維新の会から完全に離れ、
どちらかと言えば安倍政権推進派だったのが、
中立やや批判的に傾きつつあり、政策批判が的を射ることが多くなった気がします。

話を戻しまして、貴ノ岩暴行事件&引退は何だったのかなぁ、と。
報道としては日馬富士の暴行事件と同一視する見方が強かったように思えますが、
両者の事件は根本的に違いますから、何故、同じ引退という結果なのか理解できません。
そもそも、日馬富の暴行事件の時に、貴ノ岩も暴力を奮っていたという話は出ていたはず。
…が、その真実性を追求せずに、一方的に日馬富士側を叩いていたのはどこのマスコミか?
「暴力が悪い」ということだけを追及していたのならば、貴ノ岩も調べるべきだったはず。
そうならなかったのは、日馬富士暴行事件が『単純な暴力』ではなかったから、
指揮監督権のない別一門・別部屋のライバル力士が土俵外で奮った暴力だったからです。
端的に言えば、八百長の恐れがあったからですよ。
土俵外の暴力が取組に影響を与えかねないために、引退せざるを得なかったわけです。
それに比べて、今回の貴ノ岩暴行事件は付き人という同部屋の問題で、
取り組みに影響することはなく、八百長の恐れも八百長を疑われることさえありません。
勿論、暴力を許容することはできませんし、
各人の反応から今回が初めてでないのは明らかで、擁護するつもりもありませんが、
日馬富士暴行事件と同一視することは筋違いと言わざるを得ません。

日産のゴーン氏逮捕も本当に大丈夫なのでしょうか?
今回の騒動は完全にクーデターでしょう。むしろ自爆テロ的なクーデター。
ルノーから日産を守っていたゴーン氏が、合併容認に転じたために発生したのが実情。
彼らは日産自体を守りたかったわけじゃないでしょう。自分達の首を守りたかっただけ。
本当に日産を守りたかったのならば、従業員がリストラされるのを体を張って止めたはず。
本当に日産を守りたかったのならば、特捜の力を借りずに、自分達の力で引きずり下ろしたはず。
今回動いたのは、合併によって日産経営陣の首が危うくなるからであり、
矢面に立ちたくもなかったから、外部の力(検察)を借りたに過ぎません。
日産という会社は本当に大丈夫なのでしょうか、
ゴーン氏がいなくてもやっていけるのでしょうか、
そもそもゴーン氏を有罪にできるような立証は可能なのか、不安しかありません。
↑(追記)こちら 日産クーデターの陰で囁かれる経産省の思惑
ほぼこの見方に全面同意… 大丈夫そうじゃないんだよなぁ…

静岡県浜松市では区再編が話題になっています。
浜松市は2005年に天竜市や浜北市と合併、07年に政令指定都市となってますが、
合併後に本格的な区再編は行われず、旧市町村の大きな区割りが現存したままでした。
旧民主党系市長の鈴木康友氏は、前回市長選の公約に掲げたこともあり、
懸案だった区再編を掲げて条例案を提出、これに対して議会最大会派の自民党は反対。
それもそのはず、浜松市の政財界に絶大な影響力を持つスズキの鈴木修会長が、
「区再編に手を付けない限り、支持しない」と公言していたからです。
自民党としては区再編を有耶無耶にし、市長選を有利に戦いたい思惑があるのでしょう。
それでも条例案に公然とは反対しにくいので、修正案を提出しようとしてるようですが…
 ●市条例案「①区再編実施自体の賛否、②市長案の新3区案への賛否」
 ●自民党修正案「①市長案の新3区案への賛否、②区再編実施自体の賛否」
前後をひっくり返しただけ、しかも論理的に間違った逆転という意味の分からなさ。
市長案に乗りたくない自民党は、①に反対しやすい具体的提案置きたいのでしょうが、
やはり普通に考えれば、市条例案の方が論理的です。
明らかな政治目的の提案に辟易します。市民のこと何も考えてないじゃん。
今後、日本が外国人労働者を受け入れるに辺り、浜松市はモデルケースになり得ます。
昔から日系ブラジル人などの出稼ぎ労働者が多く、
外国人労働者の問題に悩まされた浜松市は、
役所等の言語サポートや日本語教育を充実させ、共生に努力してきました。
一方で山間地の多い天竜市と合併したこともあって、
広大な面積と引き換えに高齢化・過疎化の問題にも直面しています。
日本の未来を映すモデル都市でもあるだけに、くだらない政争は止めて欲しいです。

東名あおり運転事故の裁判でどういう結論が出るのかは分かりませんが、
細かい法律論とかは抜きにして、市民感情そのままに判断してくれて結構だと思います。
元々、裁判員裁判が導入された理由は、「市民感覚を司法の場に反映させるため」。
それならば、刑事事件よりも民事事件に導入すべきでは?と思ったものですが、
今回の事件こそ、裁判員裁判の真価が発揮されるべき事件だと思っています。
法律が現実に追いついていない本事件に、市民感覚としてどういう判断を下すべきか、
それはもう細かい法律論の話ではないと思います。
仮に控訴されて、法律判断をした高裁で判断が覆されようとも、
地裁の判断はそれなりに意味を持ち、今後の法改正に必ず生かされます。
雰囲気的には法律判断が優先される可能性が高いとは思われますが、
裁判員裁判の意義を見せるためにも、市民感情に基づいた判断を期待したいです。

徴用工から、貴ノ岩暴行事件、日産、浜松市の区再編、東名あおり運転事故裁判と、
脈絡なく並べましたが、いずれもどこか『本質』が置き去りにされてるように思います。
表層しか見ようとしないから物事を見誤るわけです。
今年の流行語に『ごはん論法』もありましたが、それと同じ。
議論のすり替え・誤魔化しをされても流してしまう。本質を見失っているからです。
常に本質はどこにあるのかという観点で、多様な情報を集めなければいけません。
それが大本営発表に騙されないことに繋がり、
だからこそ『情報』と『ソース(情報源)』が大切になってくるんです。

ある意味で、本質を見通す人と言えば、ビートたけし氏でしょうか。
こちら 「芸能人に必要なのは嫌われ者の自覚」
ギャグで茶化して伝えることが多いですが、ハッと気づかされる発言も多いですよね。


◆政治ネタ 入管難民法改正で『ブラック日本』誕生
中身はスカスカで「後で決める」と政府が公然と言い放つ、
犬小屋よりも酷い内容の入管難民法改正案が国会を通過してしまいました…
一見すると、日本人には関係ないように思えますが、
これは今年前半に行われた『働き方改革』とセットで考えるべき問題でしょう。
つまり、今回の一連の改正は、ブラック企業を日本全体で合法化することが狙いです。

ブラック企業は典型的なピラミッド型の階級社会をしています。
なぜならば、上から下へ命令が伝播するにつれて、ブラックが希釈化されるためです。
トップがブラックな命令を下しても、その命令を受ける人間は実行役ではないので、
不満に思いながらも渋々引き受けてしまう、
それを今度は自分が下に押し付ける時にはもうブラックとは感じない、
一番下がブラックな命令を不満に思っても、上は一切聞く耳を持たず、
トップはブラックな命令が会社全体を蝕んでいることに気づかないまま、
ブラックな命令を延々と出し続ける、そういう構造をしています。

こういうピラミッド型の構造はトップにとって都合の良い状態になります。
なぜならば、誤魔化すことに最適だからです。
部下に合理的な説明ができない人間ほど、階級社会を作りたがるものです。

今まではこのピラミッドの底辺を担わされていたのは、非正規社員でした。
しかし、今や労働者の半分は非正規という世の中で、
店長のような責任ある立場まで契約社員ということも珍しくなくなり、
有能な非正規社員の増加は社会問題化し、待遇改善を強いられることになりました。
それが働き方改革の「同一労働同一賃金の原則」です。
また、情報化社会によって、仕事内容の比較が昔よりも簡単になったことで、
ブラック企業の話はすぐに世間で噂されるようになり、
それによってその業界全体が労働者に忌避されることになってしまいました。
結果として、雇用のミスマッチが悪化し、失業者に人気の職業と、
求人を出しても一切見向きもされない不人気な職業ができあがったわけです。

人手不足に悩まされているのは、建築・介護・警備・流通・食品工場等。
これらの業種に共通しているのは「24時間勤務」体制であることです。
日勤・夜勤が不規則に繰り返され、コンビニや工場は24時間体制で稼働しています。
しかし、バブル崩壊以降、終身雇用の崩壊と共に、
「コツコツ働いていれば報われる」という労働体制が崩れ去り、
今の日本人は労働アイデンティティを喪失しています。
結果として、何のために働くかが分からなくなり、
私生活面の重視、家庭や趣味に生きる人が多くなったわけです。
そうなると、不規則な労働時間というのは割に合いません。
家族や友達と過ごす時間を重視したいという労働者の選択が、
これらの業種から人手が逃げ出しているのが実態でしょう。
つまり、人手不足ではなく、人手流出です。
昔よりも人々の健康に対する意識も上がっていますし、
「24時間戦えますか?」という時代は既に終わったことを認識しなければ、
これらの業界に人が戻ることはありえないだろうと思われます。

そんな人手流出に悩まされている企業が望んだのが、外国人です。
ピラミッドの底辺が派遣労働者の待遇改善と労働者の回避によって崩れた所を、
外国人を当てはめて補おうという考えです。
『外国人実習生』。の実態は報道されてる通り、
昔の製紙工場で働かされていた『女工』と同じです。
情報を知っている日本人が避けている所を、情報を知らない外国人にあてがわれる、
そんなのが通用するのは最初だけで、外国人だって嫌なものは嫌、
だから逃げ出すんですよ、当たり前のこと。
ブラックな企業が変わらない限り、人手流出の問題が解決するとは思えません。


話を戻しまして、今までの底辺だった派遣労働者が同一労働同一賃金で格上げとなり、
底辺に外国人労働者が当てはまるとどうなるか。
そうなると不要になる人達が出てきます。それは仕事能力の低い正社員です。
作業は外国人労働者にやらせればいい、その指示・監督は派遣労働者がやればいい、
そうなってくると、正社員の仕事はなくなります。
仕事能力の高い正社員は高度プロフェッショナル制度で、
時間無制限で死ぬまで働かせれば良いので問題ありませんが、
時間をかけても意味がない仕事能力の低い正社員は不要になります。
非正規労働者の「同一労働同一賃金の原則」は裏を返せば、
非正規労働者と同程度の仕事しかできない正規労働者は同一賃金で十分ということです。
結果として、正規労働者の賃金体系が相対的に下がります。

そして、正規労働者と非正規労働者が同一賃金になってしまうと、
雇用・健康保険等、保険料を払う分だけ労働者の手取りは減りますし、
雇用保健・厚生年金の場合は雇い主も負担を強いられ、損になります。
すると、給料の手取りや責任回避のために、
敢えて非正規労働者を選ぶケースも出てくる可能性があります。
結果として、仕事能力の低い正社員(いわゆる中産階級)は没落し、
一社だけの収入では生活できなくなり、
非正規社員として複数の職を持つことが一般化すると思われます。


一連の改革によって、日本の労働者は3つに分化され、
①一社で時間無制限で働く高度プロフェッショナル社員、
②複数の会社で低賃金で働く非正規労働者(今の正社員と非正規=つまり大半の労働者)
③低賃金・低待遇で働かされる外国人労働者
に分断されることになるでしょう。
上のカーストを見ては羨み、下のカーストを見ては悦に浸る、
そんな心の貧しい社会『ブラック日本』が来るのは将来間違いないでしょう。

「働いたら負けだと思っている」、
まさかこれが金言になる時代が来るとは思いませんでした…