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『四球を出すくらいなら…』が高校野球のレベルを低下させる

メジャーで活躍する大谷選手や高卒2年目で30本塁打のヤクルト・村上選手、
高卒ルーキーの広島・小園選手ら、
プロ入りして早期に結果を残す有望株が増えている一方で、
高校野球全体のレベルは落ちているように感じます。

ドラフトでも1位では高校生が数多く名前が登場するものの、
ドラフト中位は大卒・社会人選手が中心で、
高校生の名前が再度登場するのはドラフト下位・育成指名という有様です。
プロから見ても、少数のトッププロスペクトは高く評価されている一方、
大半の高校生の評価が上がっていないように思えます。

巨人やメジャーで活躍した上原浩二氏が、
「コントロールが悪くなった」と評した意味を考えなければなりません。
四球自体は明らかに減っています。
プロアマの交流が進み、動画サイトで簡単に投球フォームを参考にできる昨今、
投手の投球フォームは大きく進化し、
一昔前のようなアーム式や野手投げの投手は大きく減りました。
多くの投手が理に適った投げ方をすることで、コントロールが安定し、
四球連発で試合が崩れるという試合は滅多に見なくなりました。
スピードも昔は140キロ台が数人だったものが、
今は控えを含めて登板する投手が140キロなんて当たり前、
150キロ以上を投げる投手が毎年数人出てくるなど、
それだけを見れば高校生の投手力全体が上がっているようにも思えます。

しかし、明らかに下がっているものがあります。それは「投手の意識」です。
『四球を出すくらいなら、勝負しろ(ヒットを打たれろ)!』、
投手が一人相撲をしていたら、誰でも思うことでしょう。
確かに、リードが大差である場合は、ランナーを溜めての一発の方が怖いので、
四球を出すくらいなら勝負しろというのは正解です。
しかし、接戦の多い高校野球では、
「終わってみればあの1点が届かなかった」という試合ばかりで、
必ずしも四球を出すよりも勝負をした方がいいとは言えません。
カウントを悪くしてストライクを取りに行って長打を喰らって失点するよりは、
四球を出した方が失点を防げるに決まっています。
そんな当たり前の意識が今の投手には足りていません。
ボールが先行すると、簡単にカウントを取りに行って、長打を喰らう、
四球を出すよりもホームランを打たれた方がマシだと言わんばかり…
そういう所が、上原浩二氏らコントロールの良い投手から見て、
『コントロールが悪くなった』と評される理由でしょう。


そんな「投手の意識の低さ」がどこから来るかと言えば、
残念ながら投手の複数起用にあると言わざるを得ません。
練習試合を組んでA投手、B投手、C投手がそれぞれ別のチームに投げたとします。
A投手は競合相手だったので、5失点しましたが無四球。
B投手は同レベルの相手でしたが、3失点に留めたものの3四球。
C投手は格下レベルの相手に、無失点で抑えたものの5四球。
この3投手を比較して、どういう優先順位で決めるのか。
おそらく、A投手>B投手>C投手の順でしょう。
失点は相手との巡り合わせもあるため、比較がし辛い一方、四球は計算できます。
つまり、投手が同チームで競争する場合、比較的四球の少ない投手が重用されます。
結果、何が起こるかと言えば、
『四球を出すくらいなら、勝負した方が評価される』となるわけです。

これがエース中心のチームだとそうはいきません。
幾ら四球を出したとしても、そのエースに委ねなければならないため、
必然的に監督も野手も四球を許容できます。
要は失点をしなければいいわけです。
つまり、複数投手制を敷いていないチームは、
『失点するくらいなら四球でいい」と割り切れます。
だから、投手の疲労度を抜きにして考えれば、
結果的にエース中心のチームの方が失点は減ります。


『エース』とは何か? それは勝敗の責任を背負う投手です。
勝敗の責任を背負うというのは、失点の責任を持つということです。
失点を少しでも減らすのがエースの役目、
例え自身の調子が悪くとも、最少失点で切り抜ける投球術を持つのがエースです。
果たして、複数投手制でそういう『投球術』を身に着けることができるのか否か、
大きく疑問の残る所です。

『コントロールの良い投手』とは何か?
それは打者有利のカウントでもストライクを稼げる投手の事です。
ノースリーからは打者が待つケースが多いので、
緩い球を真ん中に投げてカウントを稼げますが、
カウント3-1となると、狙い球を絞って対処されます。
そこからファールを打たせてカウントを稼ぐのか、
ストレート・変化球の2種類以上で確実にカウントを稼げるのかどうか、
そこがコントロールの良い投手の分かれ目です。
今の投手はそこで簡単にストレートや甘いスライダーでカウントを取りに行くから、
ホームランを喰らって大量失点してしまうわけです。
その1球の甘さが高校野球全体のレベル低下を招いています。

今の情報化社会では投手の方が圧倒的に不利です。
投手のデータは数試合あれば十分なのに対し、
野手のデータは蓄積が必要なので試合数が圧倒的に足りません。
先の例で挙げた、カウント3-1から何でストライクを取りに来るのか、
なんてことは、各チームは絶対に調べている事柄です。
そこでデータ通りの球でストライクを取りに行けば、
打ってくださいと言わんばかりでしょうに…
エースの美学を欠いた意識低い投手ばかりでは、打撃戦になるのは当たり前です。


同じ高校生なのに、大阪桐蔭や履正社のような強打のチームが生まれるのは何故か。
簡単に言えば、打つゾーンを限定しているからです。
低めの変化球を最初から捨てて、ストライクゾーンを上げることで、
失投狙いのフルスイングに徹し、そこが強打のチームに繋がっています。
パワプロ風に言えば、コントロールGのスタミナFの一発病持ちが投げてるようなもん、
そりゃ簡単にピヨるし、真ん中にボールが集まってきます。
そこをロックオンで打てばいいだけなんだから、簡単でしょう?
今の高校野球はそういうものになっちゃってるということです。
投手の意識の低さが打撃レベルも引き下げてしまいます。

他にも金属バットの飛距離向上や、暑すぎる気象条件、
打撃マシンのレベル向上、先に挙げたデータ分析の導入等々、
打撃戦になる理由は様々にあると思いますが、
昔と大きく違っているのは投手の意識の差のように思えてなりません。
このまま球数制限、複数投手制を進めることになれば、
さらに高校野球のレベルは下がることでしょう。
複数投手制を導入するのは構いませんが、『エースの矜持』を忘れないこと、
今や死語になりつつある『一球入魂』の精神を忘れないでもらいたいです。


◆高校野球ネタ 夏の全国高校野球は大阪・履正社が初優勝
夏の全国高校野球甲子園大会の決勝が行われ、
大阪代表・履正社高校が石川代表・星稜高校を5-3で下し、
履正社高校が初の全国制覇を成し遂げました。

今やプロ予備軍としては、同じ大阪の大阪桐蔭と並ぶ双璧で、
ヤクルトの山田哲人選手や寺島投手ら、
プロの評価の高い選手を数多く輩出していたものの、、
全国優勝には一歩届かずにいましたが、
ついに全国制覇の栄誉を勝ち取ることができました。
初優勝おめでとうございます。

決勝戦の内容に関して言えば、履正社の研究勝ち、でしょう。
星稜の奥川投手が本調子ではなく、体が重そうで、
立ち上がりから全体的にボールが高かったものの、
それでも立ち上がりは内角を果敢に攻めるなど、
苦労しながらも粘り強く投げていたように見えました。
ただ、中盤から履正社打線がスライダーに一切手を出さなくなったことで、
結果として外角ストレートでカウントを整える投球に戻さざるを得なくなり、
そこを履正社打線が研究通りに外角を踏み込んで打つことで攻略に繋げました。
奥川投手をよく研究し、狙い球を絞っていたからこその攻撃だったと思います。

負けた星稜の奥川投手は智辯和歌山戦で最高のピッチングを見せ、
準決勝でも好投を見せるなど、ドラフト1位に相応しい活躍ではありましたが、
配球が外角一辺倒になりがちで、そこを履正社打線に突かれた形です。
外角のストレートのコントロールが抜群なのは間違いありませんが、
今日投げた内角のストレートのコントロールも悪くなかっただけに、
上のレベルで野球をやるためには、内角をもっと攻める気持ちが欲しい所です。
常にストライク先行のピッチングは素晴らしいと思いますが、
逆に言えばカウントを整え過ぎで、ピッチングが単調になりがちとも言えるので、
プロでやるためには、ピッチングの引き出しをもっと増やしていく必要があるでしょう。
ストレートとスライダーは一級品であることは間違いないので、
プロでも活躍できるよう今後も取り組んでいって欲しいです。

大会全般で言えば、明石商の玄人好みの野球が目立ちましたが、
逆に言えば、明石商ぐらいしか、所謂「高校野球らしい野球」をしてませんでした。
配球面でも外角一辺倒のことが多く、そこを相手打者が踏み込んで打つ、
カウントが不利になれば、簡単にストライクを取りに行ってしまう、
そりゃ打撃戦にしかなりませんよ…
選手個々の技術は上がっているものの、逆に戦術面の甘さが目立ちました。
バッテリーはもっと配球を工夫しなければなりませんし、
バントやエンドランといった作戦もきっちりこなせるようにならないといけません。
結果的に、ただ漫然と投げて打っているだけにしか見えず、正直退屈でした。
それは今年だけの特徴ではなく、戦術面の劣化は年々感じているだけに、
高校野球の原点に回帰する野球をもっと見せて欲しいと思います。
金属バットなしの国際大会では、あまり打てていないという現実を、
もっと真摯に受け入れるべきでしょう。


それにしても…最後の優勝インタビューしたアナウンサーは何だったんだ…
「奥川くんは素晴らしかったですか?」
「対戦相手だった星稜のことも褒めてあげてください」とか意味が分かりません。
勝者になった途端、敗者を見下してコメントしろということですか?
結果的に、履正社の選手の方が大人で、無難なコメントで切り抜けましたが、
ちょっと冷や汗をかく、危ない質問だったように思えます。
何聞いたっていいという風潮はどうにかならんものか。
聞く方も失礼な質問をしないように、しっかりと勉強して欲しいです。


◆野球ネタ 球数制限のナンセンスさ
↑の記事は球数制限推奨の記事ですが…
もう球数制限、球数制限って、インテリぶって煩さ過ぎ。
前提条件が違うものを比較とは言わない。
そんな統計学上、当たり前の事実を無視して、
球数のみを唯一の尺度に考えるのを馬鹿げていると言わずに何とするか?

球数制限が統計的に有効なのは、投げる投手の体力がほぼ均一であり、
投球フォームが理想的で肩肘膝に負担がなく、投げる変化球がほぼ同一等々、
様々な条件が一緒でなければ比較検討できないわけですが、
それはもう他人との比較は成立しないということです。
個人が何球投げれば将来的に負担がなく、
何球投げれば故障するかは個人で比較するしかないわけで、
それはつまり故障を前提とした統計を取らねばならず、現実には無理です。


仮に、アメリカのガイドラインである最大105球、
81球以上投げたら中4日を実施したら、どうなるのか?
まず、1人の投手への負担で考えれば、
ストレート・カーブ・チェンジアップを投げる投手の100球と、
高速スライダー・シュート・フォークを多投する投手の100球を比較して、
負担が同一だと言えるでしょうか? 明らかに後者の方が負担です。
連投を意識して負担の少ない変化球を投げていた投手が、
球数が決まっているから負担の大きい決め球ばかり投げたら、どうなるか?
却って故障は多くなりますよ。

チーム全体で考えれば、とてつもない打撃戦になった関係で、
投げる投手がいなくなって、投手経験のない野手が投げざるを得なくなり、
本職投手の100球と投手経験のない野手の50球の負担は同じでしょうか?
経験上、投手経験のない野手の50球の方が負担は大きく、
故障のリスクは高いと言えます。


よく球数制限の話で夏の甲子園大会だけでなく、
地方予選を含めた球数を挙げる人もいますが、あれも意味あるのでしょうか?
故障のリスクで考えれば、センバツ大会の方が負担は大きいのではないでしょうか。
蓄積疲労よりも急激に投げた負担の方が大きいはずです。
一冬越して、初めての大会がセンバツ甲子園で、
いきなり100球、150球を投げる方が負担でしょう。
それに比べれば夏の大会に200球投げる方がマシ。
日常的に100球→試合で200球と、冬明けで投げてない→試合で100球、
どちらの負担が大きいのか、答えは後者でしょうよ。

だから、球数のみが投手の負担になっているわけではないし、
仮に球数を制限しても、環境が悪ければ容易に故障するんですよ。
各選手の筋力や持久力、肩の回復力、
トレーニングによって身につけられる肩の持久力、
それらを比較可能にして初めて球数制限の議論ができるというのに、
それらを無視して球数制限を議論するというのは、あまりにナンセンスです。
(それと、球数制限の例で高校時代の斎藤佑樹投手や島袋投手が例に挙げられますが、
 どちらかと言えば、高校時代よりも大学時代の方が酷使された印象です。
 大学野球は勝ち点制で2試合連勝なら終わり、1勝1敗なら3戦目となり、
 3連戦の1日目をエースが完投、2日目控えで負け、3日目にエースが完投とかザラ。
 自分の記憶が確かなら、斉藤投手や島袋投手は1年生時からそんな感じでしたが…
 個人的には甲子園よりもそちらの方が酷使に思えます)


それよりは目に見えて危険な投手ライナ―対策の方が優先では?
今年の大会でも岡山学芸館の丹羽投手が広島商戦で、
ピッチャーライナーを頭部に受けて降板、
避けながら当たったので、左頬骨骨折で済んだという言い方も変ですが、
頭部に直撃していたら、命に関わる惨事になっていた可能性があります。
金属バットの性能向上や打者のパワーアップによって、
打球速度はプロ野球の外国人選手並みと感じるほどですし、
金属バットの使用を一部制限する方が優先だと思います。
甲子園大会では金属バット使用禁止とすれば、
金属バットも飛距離よりも木製バットに近い仕様を目指すでしょうし、
結果的に木製バットと金属バットの飛距離の違いは軽減されると思います。
今は両者の差があまりにも開きすぎており、もはや命に係わる問題と化しています。

金属バットを使用するから、投手はバットに当てさせまいと、
曲がりの大きなスライダーやフォークボール系統を多投するようになるんです。
でも曲がりの大きなスライダーなんて、通用するのは大学野球ぐらいまでで、
プロ野球は勿論のこと、社会人野球じゃ通用しません。
高確率でボールと判定されるからです。
ストライクゾーンが広い高校野球でしか成立しない。
スライダーを曲げようとすれば、肘が下がっていき、負担が大きくなる。
カーブよりもスライダーの方が故障が高まるのは、そのせいです。
本気で故障を防ごうと思うなら、スライダーとフォークを禁止したらどうです?

金属バットの一部使用禁止、スライダー・フォークの禁止、センバツ甲子園大会の廃止、
これらの前提条件と整えて初めて球数制限の議論はできると思うのですが…
今のままやっても、投手のレベルが下がるだけで、
不慣れな決め球を多投して却って故障のリスクは上がるだけのように思います。
なんなの、高野連はピッチャーを殺したいのか?


◆野球ネタ 元・開星監督の野々村氏が「耐えるのも教育」と発言
まぁ、野々村氏の発想が前時代的というのは否定しませんが、
だからといって、そこに全く真実がないかと言えば、そうではないわけでして。
一番説得力を持つ言い方が『ランナーズハイ』でしょうか。
スポーツには(自分が思い込んでいる)限界を超えて力が出る領域というのは必ずあるわけで、
アスリートというのは常に自分の定めた限界を超えていくわけですから、
それを「拷問」だと否定しちゃうのは、もはやスポーツの否定だと思うのですが…

球数制限問題にしても、そんなに酷使が嫌なら野球辞めるしかないじゃないですか。
もっと故障が多いのはマラソンですよ。
アスファルトが足に悪いから、舗装を壊して土にすりゃいいじゃん。
箱根駅伝なんてバカなことやってないで、鳥取砂丘走れよ(w
体を酷使するのが嫌なら、スポーツなんてできません。
ましてや、それが単純な趣味のためでなく、勝敗を掛けたものなら尚更。
そういう当たり前の前提を省いて酷使か否かなんて議論できません。

野球界で言えば、プロ野球のキャンプで200球、300球と投げ込む投手がいますよね?
どうしてその投手はそんなにボールを投げていると思うんですか?
試合で200球も300球も投げることは、プロの試合では絶対ありません。
それでも、それだけの数を投げるというのは、敢えて自分を限界に追い込んでいるからです。
体を疲れさせることで、余計な力を省き、
疲れた時に体をどう動かせば理想に近いボールを投げられるか、それを確認しているんです。
もう一歩も歩けないほどに疲れた時に、足のどの筋肉を使えば前に進むのか、
アスリートというのは自分の体との対話であり、メカニズムの確認なんです。

だから、指導者が限界を超えろと言うのは分からなくもない話です。
勿論、それで怪我や生命にかかわる問題を起こしてはいけませんから、
指導者の観察眼というのは非常に重要です。
練習メニューだけを決めて、練習風景を見ないなんて言語道断、
しっかりとした管理下で練習を行うことが重要なわけです。

もういい加減に「スポーツ=無傷」であるという前提は止めましょうよ。
どこまでいってもスポーツは自分の体を酷使するわけですし、
怪我と無縁と考えるのは、スポーツをやる覚悟が足りないと言わざるを得ません。

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