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ポリシーなき政治屋と蔓延るアナーキズム

自民党の総裁選は何の盛り上がりもなく、安倍総理が石破氏を破って勝利。
地方票を中心に石破氏も健闘したものの、数の上では安倍総理が勝っており、
結局は勝ち馬に乗った感が多かったと言えるでしょう。

…まぁ、しかし…一言で言うならば、「夢がない」な、と。
本当に町内会長選挙と何ら変わることがない。
たいして有能でもない定年後のご老人が、名誉欲しさに町内会長やってるような…
それを支えているのが圧倒的な『住民の無関心』、
結果、やりたい放題を許してしまい、問題になって大騒ぎする、と。
今の国政もそれと変わらないように思えてなりません。程度が下がったよね…

今回の総裁選でもより顕著になったのは、安倍総理のポリシーの無さです。
今までやってきたこともよく分からない。
アベノミクスは単に通貨安戦争の後塵を歩けただけですし、
安保法改正も自衛隊の海外派兵が近づいたとはいえ、まだ未実施、
働き方改革を始め、各種改革もとても成功しているとは思えないし、
結果として、労働者が働きやすく、女性の社会進出を進められたわけでもない、
必要な改革ではあったものの、その場凌ぎの感は否めず、
日本をどういう社会にしていくかという基本的なビジョンが見えません。
まぁ、だからこそ長期政権を担えたという事情もあるのでしょうが。
各省庁から上がって来る問題を政治的に解決していたら、結果、実績となった。
それもやっぱり町内会長の仕事と変わらないように思えてしまうわけです。

敢えて安倍総理のポリシーを挙げるとすれば、
母方の祖父である岸信介氏の意思を継いだ自主独立、
戦争のできる普通の国作りなのでしょうが、
東西冷戦真っただ中で第三次世界大戦が目前だった当時の状況と、
今の状況とを一色単に考えることは不可能ですし、それを実現する意味もありません。
憲法を改正して、戦争のできる普通の国にした後をどうするのか?
それが全くもって見えてきません。
将来の日本という結果が一切見えず、手段しか見えてこないんです。

これだけ長期政権を担いながらも、安倍総理には色がない。政治的哲学がない。
政権全体とすれば、多少右翼的な所は見え隠れするものの、
安倍総理自身がバリバリの右翼というわけではない、
なんちゃって右翼程度の浅さしかない。
それは拉致問題を含めた、全ての分野において見られる特徴で、
理論的な石破氏や専門性の高い岸田氏とは対極に位置しており、
政策的特徴が見えてこない印象があります。
そういう意味では、官邸政治が官僚にプレッシャーを与えている一方で、
拘りがないからこそ、官邸を通じて各省庁の官僚が政策を実現しやすいとも言え、
一見すると官僚地獄に見えながらも、その実は官僚天国とも言えなくもありません。
要は、安倍総理周辺に気に入られれば政策も実現できて天国、
そこから溢れれば地獄というだけの、法治国家とは対極の人知主義国家です。

その人知主義の極みが『人事』なわけで…
こちら『農水相の辞任圧力問題』
こういうことを謙虚なく平然と言えちゃう辺りが法治国家の欠片もありませぬ。
自民党はこれでより一層バカになっていくでしょう。
将来を考えれば、太鼓持ちより冷や飯の方が得だと思うがね…


一方のそんな安倍政権を支えているのが若者の支持だそうですが…
こちら『若年層の功利主義的メンタリティ』
話の大筋は分かるのですが、これは『功利主義』なんて格好いいものではありません。
今の若年層は『利己主義』でしょう。
『功利主義』はペンサムの「最大多数の最大幸福」に象徴されるように、全体の功利の追及です。
全体のことなんて考えてるの? 自分の就職が有利になりさえすれば良いという認識じゃねぇの?
それはもう『利己主義』でしかありません。

『利己主義』はもう『政治』じゃないんですよ。それはもう『無法』ですわ。
『政治』というのは、自己の問題を社会全体の問題として捉え、解決を図っていくことです。
道徳的には問題がある「俺が悪いんじゃない。社会が悪いんだ!」は、
『政治』の出発点としては決して間違ってはいないのです(それをどう解決に動くかが問題)。
自分さえ良ければいい、失敗したら自己責任で構わない、というのなら『政治』は不要です。

『利己主義』の社会は政治を必要としないわけですから、
むしろ規制して圧迫するばかりの政府は悪でしかありません。
余計なことは何もするな、何もしないのが理想。治安のみを担当する『夜警国家』になります。
そんなのなら、国会議員も官僚も要らんのですよ。警察官僚だけで十分なんですよ。

北海道地震では未だに同情心の方が多く、救いの手が数多く伸ばされていますが、
ひょっとしたら、あれを他人事と考え、『自己責任』と突き放す人もいるかもしれません。
実際に米軍基地を抱える沖縄は本土から突き放されていますし、
東日本大震災でも福島県からの放射線を帯びたゴミの受け入れを拒否した自治体も珍しくありません。
実際に自分達の生活に害を及ぼす可能性が出てきた時、
日本人の善意が『自己責任』という辛い切捨てに変わってしまうのかは全く分からないんですよ。

結局、支持する国民も、圧倒的な無関心の町内会と一緒なんです。
政治的に無関心、自分達の生活に害さえなければいいという利己主義の蔓延が、
社会を改革するという政治の根本原理を失わせており、
それが無政府主義(アナーキズム)に通じているように思えてなりません。


ポリシーのない総理大臣と、利己主義に染まったアナーキストの未来…
どう考えても明るいものになりようがない、とここに明言しておきます。


◆政治ネタ プーチン大統領が冷や水「前提条件なしの平和条約」
安倍総理としては、討論会をできるだけ避けた上に、
マスコミへの公平取り扱いの圧力で総裁選の石破氏の活動を締め出し、
自分だけは外交の場でちゃっかりアピール、
という一石三鳥の作戦に出ましたが、肝心の外交で大きくコケました。
「地球儀を俯瞰した外交」、相手から足元見られてただけじゃねぇの?

プーチン大統領の訪日時の北方領土の共同経済活動発表の時にも書きましたが、
外交の場において「言わなかったこと」は「相手の都合の良い方」に解釈されます。
北方領土を巡って日本は何度もロシアと交渉しているのだから、
日本が将来的に返還を望んでいるのはロシアも分かってくれている、は思い込み。
ロシア側は尖閣諸島と同様に、日本は領土自体よりも権益を重視した、
そう勘違いされてもおかしくなかったわけです。

「当然分かっているはず」「言わぬが華」は外交では通用しません。
大事なことは何度でも繰り返さなければダメ。
日本国内の官僚や政治家が安倍総理の心境を忖度してくれても、
ロシアのプーチン大統領やアメリカのトランプ大統領は忖度してくれんのですよ。
そんな当たり前のことも分からないで外交やってたの?
そう思われても仕方がない醜態です。

これでロシアは領土問題とは関係なく共同経済活動を提唱していることは明らか。
共同経済活動で日本が幾ら譲歩した所で、北方領土が返って来ることは一切ないでしょう。
やはり安倍総理はプーチン大統領に北方領土を明け渡したと一緒だったようですね。
とんだ国賊ですよ…
これはもう安倍総理が辞めた上で、共同経済活動を白紙に戻すしかありません。


◆政治ネタ 憲法9条における自衛隊の合憲性の是非
安倍総理は事あるごとに、「憲法学者は自衛隊を違憲だと言う」と批判しますが…
んー、憲法学者は普通に名誉棄損で訴えても良いような気がする…
実際は苦笑しながら、日本の総理の憲法に対する考え方はその程度かと呆れているのでしょうね…

確かに学説の通説は自衛隊を違憲だと判断しています。
…ですが、安倍総理の言うように、自衛隊という組織そのものが違憲というわけではなく、
政府が自衛隊に付与している任務内容が違憲であるため、
結果として、自衛隊の行動が違憲になってしまう、ということです。
つまり、『集団的自衛権の行使』という歴代内閣や憲法学者が認めてこなかった任務を、
無理矢理に合法化した張本人である安倍総理こそが、自衛隊を違憲たらしめている張本人なわけで、
そんな人が憲法に自衛隊を書き込んで無理やりにでも認めさせようと言うのは、
憲法違反をしているという己の後ろめたさを隠す以外の意味を持ちません。
これはもう自衛隊のためというよりは、安保法制の自己正当化でしかないわけです。
自衛隊を貶めているのは、憲法学者ではなく、違憲な任務を押し付けている安倍総理自身です。


憲法学者の見解を今一度整理しますと、集団的自衛権の行使は認めていないものの、
個別的自衛権までは否定していないというのが通説です。
それでも憲法には「武力による威嚇又は武力の行使は、~、永久にこれを放棄する」とあるので、
武器対等の原則に応じた最低限の軍事力までは否定していません。
自衛隊はかつて、警察予備隊⇒保安隊を経ていますが、
そこまでは武力による威嚇までに至らない最低限の軍事力だったと思われます。
問題は今の自衛隊が立派な軍事力を持っていることなわけで、
そこが憲法と矛盾していると思わざるを得ない点なのでしょう。

ただ、実際には武器対等、武力による威嚇に至らない軍事力というのは難しいものです。
核ミサイルを持っている国に対しては核ミサイルを持つ軍事力になってしまいますし、
竹やりしか持っていない国に対しては竹やりしか持てないことになってしまいます。
日本の防衛費は長らくGDPの1%を守ることで、名目上、これをクリアしてきた体にしましたが、
実際は武器の先進技術化によって、高い軍事力を持つことになってしまったわけです。
それが国内に留まっているなら、まだ防衛という大義名分は取れるものの、
自衛隊の海外派兵となってしまえば、それはもう自衛ではありません。
自衛戦争という名で侵略を繰り返した太平洋戦争と変わらなくなってしまいます。

現実的に考えても、仮想敵国を中国とするならば、終わりなき軍拡競争に未来はありません。
既にここまで中国が大きくなってしまっている以上、
それと対等の軍事力を持つというのは不可能です。
軍拡競争の末に、国力の差で敗れ去るのは目に見えています。

それにも関わらず、憲法に自衛隊を9条3項という形で明記することで合法化すれば、
事実上、自衛隊は憲法9条の制約を受けない「超法規的軍隊」ということになるので、
憲法9条が死文化するという批判は当たっていると言わざるを得ません。


今後の日本がどの程度の防衛力を持っていくべきか、というのは、
国民的議論を行う必要があるわけで、そんな一朝一夕でできる話ではありません。
ましてや、ちょこっと自衛隊を明記すれば、それで事足りるという話ではないわけです。
立ち位置不明な超法規的な力を定められた自衛隊が、どうなっていくかはサッパリ分かりません。
それこそ文民統制が機能せず、戦前の日本のような軍部独裁になる恐れもあります。
日本の防衛力をどうするのかという国民的議論なしで、時の政府の曖昧な解釈に委ねてしまえば、
自衛隊が国民を圧迫する組織になりかねず、
それは結果としてそこで働く自衛官の不幸にしかならないことは間違いないでしょう。

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