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優勝は日大三高

夏の全国高校野球甲子園大会は、西東京代表の日本大学第三高等学校が優勝しました。
最後は本命が勝ちましたね。
思えば、昨年センバツ準優勝、昨秋の神宮大会は優勝、今年のセンバツはベスト4と、
昨年から畔上・横尾・高山選手といったレギュラーが活躍し、
3番手だったものの素材の良さをアピールしていた吉永投手と、
昨年夏が終了した時点でも優勝候補に挙げられるような本命チームでしたが、
センバツの負けでさらにチームが努力を重ねたことで、最強のチームができあがりましたね。
朝5時から夜まで練習、それもやらされているのではなく、早朝から自主的に練習、
甲子園での試合前に畔上選手が2時間半の素振りをしてから球場入りしたという報道には驚かされました。
まさに努力のチーム、野球が上手くなりたいというひたむきさの結集が、
今年の日大三高というチームだったように思います。

不安材料があったとすれば、エースの吉永投手の不安定さだったわけですが、
1回戦・2回戦はその不安が払拭されない不安定なピッチングを見せてしまいましたが、
3回戦の智弁和歌山戦以降、内外角にしっかりとボールを投げ分けるピッチングが戻り、
昨日の準決勝と今日の決勝は、さすがに疲れを見せて球が走らない時もありましたが、
外角にきっちりとコントロールして、ランナーを許しながらも還さない粘りの投球を見せるなど、
エースの吉永投手が安定したピッチングができたことが優勝の最大の要因でしょう。
日大三高打線は、結果だけ見ると、二桁安打二桁得点を数多くマークしていますが、
一回り目は抑えられることが多く、相手投手を攻略するのは2回り目以降や終盤でした。
その間、相手に主導権をやらなかった吉永投手のピッチングは見事でした。
守備も安定していましたし、レベルの高い素晴らしいチームでしたね。


大会全体としては、140キロ以上を投げる投手があまりにも多すぎて、
総じて投手のレベルの高い大会だったように思います。
例年なら、東洋大姫路・原投手や徳島商・龍田投手、光星学院・秋田投手らは、
高校生ではトップクラスの評価になってもおかしくない好投手なのですが、
それ以上のパフォーマンスを見せた唐津商・北方投手や英明・松本投手、
金沢・鎌田投手や日大三・吉永投手、聖光学院・歳内投手らの影に隠れる形となりました。
人材の豊富さでは松坂世代に次ぐぐらい、
ダルビッシュ・ハンカチ世代以上のタレントの豊富さがあったように思います。

それに加えて、2年生バッテリーなど、主力選手が1・2年生のチームも多かったです。
ベスト4の作新学院の大谷投手と1年生の山下捕手、
ベスト8の智弁学園の青山投手と中道捕手、
初戦敗退ながらも花巻東の大谷投手と佐々木捕手のバッテリー、
2年生投手もレベルが高かったことも、投手力が高かった理由の一つです。
この3チームはバッテリーが打撃の軸でもありますし、
今年の秋・来年とさらなる成長が期待できそうですね。

一方で、9回に大逆転劇が起こったり、終盤に大差が付いたりと、
守備面の安定性に欠いたことも事実です。
今年の夏は朝から暑く、降水量も少なかったために、
試合終盤にはグラウンドの土が固くなってしまい、ゴロが速く不規則になったり、
風も強かったことで外野のボールが大きく流されてしまったりと、
選手にとっては非常にプレイしにくい環境にあったといえますが、
それでも不用意な四球やワイルドピッチ、守備のエラーが多かった気がします。
今年は好走塁も目立ちましたが、半分以上は守備側のミス、
凡プレーによって相手の暴走をアウトにできなかったものでした。
決して守備力が低かったわけではなく、現にプロ顔負けの好プレーも多かったです。
要は注意力が足りないと指摘されるような集中力を欠いた守備が多かったということです。
ボールから目を切らない、走者の位置をしっかりと把握するといった守備の基本を、
もう一度徹底してやってもらいたいです。

戦術的に気になったのは、作新学院-智弁学園戦における
3回表の智弁1点リードの守り、1アウト2・3塁という状況の前進守備に関してです。
結果から言えば、前進守備バックホーム体制を引いて、
ショート定位置を抜く逆転2点タイムリーでした。
今大会は多くの学校が前進守備バックホーム体制を敷くことが多く、
プロ野球も頻度の差はあっても同様の傾向にあり、
今はそれが主流なんだと思いますが、果たして有効なんでしょうか?
3塁ランナーだけを考えてみても、
平凡な内野ゴロだとゴロゴーをかけてない限りは本塁突入は難しく、自重する傾向にあり、
ボテボテのゴロだと前進守備を取っていてもアウトにできない可能性が高いです。
さらに2塁ランナーを考えれば、強烈なゴロだと内野を抜かれてしまい、
二者生還を許してしまうデメリットが大きく、あまり有効な守り方だとは思えなかったりします。
勿論、終盤の1点勝負、3塁ランナーが還ればサヨナラで2塁ランナーが関係ないという状況なら、
前進守備のメリットはあると思いますが、それ以外でのメリットは少ないと思われます。
特に高校野球は走者の打球判断が十分とは言えませんし、
とりわけ甲子園大会は金属バットで打球が速い傾向にあるので、どうかなと思います。
もう少し前進守備バックホーム体制を取る場面を選んだ方がいいんじゃないかと思いますね。
1アウト3塁ならまだしも2・3塁はデメリットの方が大きいような気がするんですがねぇ…


◆高校野球ネタ 「野球留学」について
準優勝の光聖学院がベンチ入り18人のうち半数以上の10人が大阪出身者で、
地元の青森出身者が3人ということで、再び野球留学の是非が問われそうな事態となってますが、
私はそこまで気にすることではないと思っています。
なぜなら、現在の「野球留学」への反対論は感情論にすぎないからです。

そもそも何をもって「出身」とするのかが問題です。
封建時代じゃあるまいし、一箇所で一生を終えることの方が珍しく、
戸籍で決めるにしても本籍地・現住所・居所はそれぞれ必ずしも一致しませんし、
出身中学の所在地で決めるにしても、中学生の転校もあるので一定以上の意味を持ちえません。
例えば、青森で生まれて小学校時代を過ごし、中学生の時に大阪へと転校し、
高校生で青森の学校へ進学したとする場合はどう考えるべきなのでしょうか?
前述のスポーツ紙では中学の所在地を基準とするので「大阪出身」となるでしょうが、
人によっては「青森出身」だと言う人も当然いるでしょう。
結局、「出身」を一律に決めるのは無理があり、その人の感覚に委ねられます。
例えば、青森から出たこともない人からすれば、
少しの期間でも他県で過ごしていれば青森出身ではないと思うかもしれませんし、
逆に、引越しで青森に行った人からすれば、青森出身だと思うかもしれません。
東京は出入りが激しいだけに、東京出身というのは江戸っ子以外は妙に憚られ、
既に東京で生活している期間が長くとも、他県出身だと言うかもしれません。
個人の感覚、感情に左右されすぎる事柄だけに、こだわるのは無駄というものです。

現実的にも、都心圏内は人の往来も激しく、
千葉県西部・埼玉県南部の学生が東京の学校に通うのは日常のことです。
その場合にも「野球留学」だと言い張るのでしょうか?
例えば、優勝した日大三高にしても、町田市は神奈川県に大きく迫り出しており、
都心よりは横浜の方が近い位置にあります。
日大三高野球部ともなれば完全寮生活ですので、野球部で通学の生徒はいないでしょうが、
神奈川県東部の中学生が日大三高に進学することは立地的にも日常茶飯事だと言えましょう。
距離が問題だというなら、北海道釧路市で育った子どもが駒大苫小牧へ進学した場合は、
通学はほぼ無理なので寮生活になるでしょうが、その場合は「野球留学」とどう違うのでしょうか?
同一県内であっても生活圏が全く異なることもあります。
静岡県は東京・神奈川へ依存する東部、独自の中部、愛知へ依存する西部と3つの生活圏があり、
東部の学生が東京・神奈川の学校へ行くよりも、西部の学校へ行く方が「野球留学」の雰囲気があるぐらいです。

水産高校のような専門性の高い学校を行きたくて他県の学校を選択する、
進学を考慮して都会の超進学校を選択する、誰も文句は言いません。
それが野球をやりたくて他県の学校を選択する、
どうして後ろ指を差されなきゃいけないんでしょう?
もはや「野球留学」という言葉のもたらす感覚は何の意味も持っていません。

かつては、「強豪私立が金にものを言わせて生徒を集めている」と批判され、
無償の特待生制度や生活費を含めた一切を無償としたり、
生活費名目で給金を支給したりするケースもありましたが、
それらは今では制度的に禁止され、
現実的にも民主党政権の高校授業料無償化によって意味をなさなくなりました。
(実際にその影響なのか、地方大会では県立高校の躍進が目立ちました)
仮に、金で生徒を自由に集めることができたとしても、何の意味もないです。
それよりもグラウンドや室内練習場、バッティングマシーンといった設備・環境面を整え、
優れた指導者を招聘した方が遥かに効果的であり、持続的です。
つまり、今の野球留学は金銭面の問題での選択というよりは、
純粋に野球をするための選択、学生自身の判断による選択だと言えます。

選手側の視点に立った時の強豪私立を選ぶ理由は、それが「就職活動」だからでしょう。
将来的に野球を続けようと思うなら、卒業後はプロ野球・大学・社会人チーム等で続けるわけですが、
強豪校に所属していればアピールのチャンスは増え、
繋がりのある学校のレセプションを受けやすくなるなど、野球を続けるチャンスは増えます。
それ以外だと甲子園出場や夏の大会の成績で変わってくることになり、
それもダメなら一般入学での入部を目指すことになり、それだけチャンスは減ってきます。
現実的に、東京六大学は東大以外は私立、東都リーグも4部の東工大・一橋大以外は私立ですから、
強豪校で野球をすることが、甲子園大会へ出場することがどれだけ大きいかが分かります。
言わば、彼らは高校を選択する時点で、
その延長線上にある野球という職業へ向けて「就職活動」をしているのと同じなわけです。
勿論、例えば横浜高校のように、部員がたくさんいて、智弁学園戦の終盤で投手が次々と代わったものの、
どの投手も130キロ後半をマークし、他のチームならエースになれるような投手を多く抱えているなど、
必ずしも選手の将来のためになるか疑問な場合もありますが、
それはそれで上には上をいることを認識し、
野球という夢を諦めて新しい道へ進む新たなスタートにできる場合もありますから、
そこは勉学と同じで学生の選択次第だと言えます。

結論としては、「野球留学」が気に入らないという見ている側の個人的差別的感情論と、
学生の野球を将来の職業にしたいという希望とは、天秤にかけるまでもなく後者が重いということです。
それが「野球留学」が一度問題にされながらも、一部の規制をするだけで、
全面的に否定されるまでは至らなかった最大の理由でしょう。
まぁ、1学年5人までという人数制限が適当かどうかと考えると疑問が残り、
個人的には人数制限なんて要らないと思うんですが、部員100人とか大所帯の強豪校があることを考えると、
間接的に指揮・監督が可能な範囲内に止めるためにも、少なめに見積もったんでしょうね。
全体の人数を制限することはできませんからねぇ… 部活ですから。

そんなわけで、今の状況で「野球留学」だと騒ぎ立てることは、
「私は差別論者です」と言っているのと同意なわけです。

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