朱ネタバレ感想ルーム |
文章がやたら長いので、閲覧は必要に応じてとしてください。 ゲームからの引用部分は青文字、重要部分は赤の太線としています。 見る時の目安としてくださいデス。 1:プレイ直後の感想 重要! 2:朱の時代・舞台 3:1章解説 4:2章解説 5:3章解説 重要! 6:朱編解説 7:4章解説 8:終章解説 重要! 9:銀糸に対する見解・エピローグ 重要! 10:まとめ 重要! 「こんな量読んでられるか〜!」な人は、 3章・終章・エピローグ・まとめ部分の赤文字を中心に読んでいってください。 |
うーん…微妙ですね(^^; プレイ前から『銀色完全版』との関連性はあるとは思っていましたが… その答えというよりは、焼き直しという印象が強かったですからね。 半分楽しめたけれど、半分がっかりといった所です。 もう少し明確な答えをプレイヤーに提示しても良かったんじゃないかと思ってます。 『銀色完全版』でも両論併記、結論先延ばしみたいな形で終えてましたからね。 多少探る要素が増えたとはいえ、明確に示してもらえなかったのは残念に思います。 ただそう簡単に答えを出せる問題でないのも確か。 それだけに微妙にせざるを得なかったのかもしれません。 …おっと、曖昧に話を進めすぎですね。ネタバレなんでドーンと答え提供で行きましょう(笑) 『銀色完全版』における石切に託された問題は、 「何かを得るには代償が必要。銀糸は自然に反するので使うべきではない。 だが願いを叶えられない者、幸せになれない者はどうすればいいのか…」、 …この石切自身が思い描いた疑問に答えるということでした。 これは今回の『朱』でも全く同じ構図をしています。 時を経て多くのものを見てきた石切は、久世と同じ結論に至り、銀糸を封じることを決めたのに対し、 子供の頃の石切と同じ純粋な心を持ったルタは、願いを叶えられない者を救おうとしたという構図になっています。 どちらが正しく、正しくないのか… その答えは最後まで出されませんでした。 ラッテは哀れだったけれど間違っていたと思えない…と上手く両者の立場を見せています。 これはプレイヤーで結論付けろということでしょうね。2人を対極に置いて分かりやすく示したと思われます。 『朱』のテーマですが、前述の『銀色完全版』の石切編の問いに加え、 「己の証とは何か?」「忘れる事・忘れない事」というテーマがあります。 実はこれが前述の問いの答えを導く方程式になるんですが… ま、それは最後に致しましょう(^^; 少しまとまりがなくなってしまいましたが、この『朱』では両方の立場(石切・ラッテ)が描かれているだけに、 どちらが伝えたい事なのか分かりづらかった感があると思います。 私自身もまだ理解しておらず、迷っている感じがあります。 ですから私自身の考えを整理するためにも、ここでは文章でまとめながら感想を書いていこうと思ってます。 |
朱の時代は1000年前とゲームマニュアルにあります。 1章開始時の日付が、「100691日」、年数換算で272年303日となります。 ですから、4章ラッテの時代は700年代前半、 アジアではイスラム帝国が覇権を伸ばし、ヨーロッパではフランク王国・ビザンツ帝国が抵抗している時代、 中国は唐がイスラム諸国と接触しつつも国内が乱れた時代、日本は奈良時代(銀色の頃)となります。 …っと、こりゃおかしいですね、すいません。石切と同時代では辻褄が合わない(^^; ちなみにエピローグにおける「340711日」は年数換算で932年297日となります。 これを現代(2000年)に設定するように持って行けば… ラッテの時代が大体… 「1060年代」といった所でしょうか。 ですから、1章スタート時が「1330年代」となります。 ラッテの時代(1060年代)は十字軍の時期、セルジューク=トルコが覇権を伸ばし、中央アジアは遊牧民国家、 ヨーロッパはビザンツが押され始め、神聖ローマ・フランス・イギリス・ハンガリー・ポーランドの国があった時代です。 ゲームメインの1330年代は… モンゴル帝国の末期、イブン=バットゥータの三大陸周遊記の頃となります。 場所は中央アジアということは確かなんでしょうが、明確な位置が掴めません。 まぁ、フィクションだから、現実に沿って考えるのも変かもしれませんが。 (だいたい、製作サイドがどこまで舞台設定考えてるかなんて分からないし(^^;) 私なりに頭を捻った所、第一ヒントは砂銀の歌詞にも出てくる「Mazuruk」です。 これはエスペラント語でポーランド舞踊(英語でMazuruka)を現すそうです。 ゲームの内容を考えれば、ルタ(男)の故郷の踊りがこれか、ラッテの故郷の踊りがこれかのどちらか。 ま、ラッテの住んでいる場所ではおかしいので、ルタ(男)の出身地と捉えるのが分かりやすいと思います。 で、ルタ(男)の出身地を考えると、「本家」「宗家」の表現からして中央アジア遊牧民が適切でしょう。 東と西に分かれた遊牧民と言えば…「匈奴」ですね、「フン族」。 中国の漢王朝を脅かし、魏晋南北朝を経ながら中国社会に溶け込んでいった遊牧民族。 その一部が大陸からの渡来人となったとすれば、筋は通ります。 フン族はカフカスを抜け、東ヨーロッパ、ハンガリー付近まで西進しているので辻褄が合います。 ですから、ルタ(男)の出身地はハンガリー・ポーランド南部と考える事ができます。 そこから船に乗り黒海を渡っていた…こんなところでしょう。 ではラッテの居場所、ドゥムジの峰とはどの辺か? こっちの方は「カフカス・コーカサス地方」でしょう。 ビザンツとペルシアの対立でシルクロードの道が途絶え、コーカサスが流通の場となっていきましたから、 キリスト教とイスラム教が交わる場所だからです。 ビザンツとセルジューク=トルコとの対立で東西交流が途絶え、 山道で険しいカフカスが交通の要所になってるでしょうから、 黒海に面した国でキリスト教国である「グルジア」、ウクライナ方面が最適だと思われます。 ここからは少し分かりません。「大河」が掴みづらいです。 たぶん「ティグリス・ユーフラテス川」のことを言ってるんだと思いますが、カスピ海ってのも…ないかな(^^; ここは無難に「ティグリス川」としておきましょうか。 船が難破したのは川の氾濫のようですし、本流・支流など分かれている点なども共通します。 それじゃハファザの街はどこら辺かと言うと、イラン・アフガン・パキスタン辺りと考えるのが良さそうです。 アフガニスタン北部は山岳帯なので、イランがメインといったところでしょう。 |
ここからは章ごとに解説・感想を入れていきます。 ヒロイン:『アラミス』はルタの眷属、その中でも「最強の眷属」と呼ばれる「還すもの」。 そしてアラミスの守護者である『カダン』、この2人の物語です。 幼い頃、キャラバンに捨てられたアラミス、それを助けてあげたカダン達、 カダン・アラミス・そしてカダンの姉と3人、キャラバンの人達と楽しく生活していました。 しかしカダンとアラミスが買い物でキャラバンから離れていたある日、 野党に襲われてしまい、キャラバンは壊滅… カダンの姉は何度もレイプされ、心が完全に崩壊してしまいました。 お姉ちゃんを救おうと必死に街へ行こうとするカダンとアラミス。 そんな時、アラミスの思いに応じて、ルタが現われます。 ただ生きることではなく、幸せになって欲しいことを望んだアラミスは「還すもの」の力を得たのです。 カダンもアラミスと離れたくない一心でルタに頼み込み、アラミスの「守護者」となったのです。 その能力を使い、姉を「還す」カダン… 還された後の姉は全てを忘れていた… …そう、レイプされた記憶だけでなく、3人で過ごしたあの楽しい記憶までも… カダンとアラミスのお姉ちゃんは一命を取り留めました。 しかし3人で過ごした記憶、絆を失ってしまったのです。 カダンはその失った姉との絆を心に秘め、守護者に徹することを「己の証」として立てたのでした。 その後、レイランへと赴き、水鏡の者の命を受けて2人は義務を実行していった… しかしハファザの領主・同じ還す者であるナンディニを還すことによって疑問が膨らんでいきます。 ナンディニの想いを届けに、自分達の使命に意図はあるのかの答えを求めに… けれどカダンの傷が原因で2人は途中で倒れてしまいます。 自分と一緒に居続けることでアラミスを死なせてしまうと思ったカダンは、アラミスを還そうとする… アラミスもカダンと一緒なら、昔のカダンに戻って一緒に笑い合えるなら、そう思って2人で還ることを望みます。 カダンは己の証、お姉ちゃんとアラミスとの3人の絆を忘れたくなくて渋りますが、 アラミスを泣かせ続けた守護者である自分を捨てる決意をします。 最後に想いを告げあう2人、アラミスはカダンの気持ちを知ったことで迷いが生じ、術をかけず… ただの「アラミス」、守護者の「カダン」が残ったのでした… あら筋はこんな所でしょうか。そうですなぁ…全てを終えた後で補っておくことは… ナンディニとルタの使命・能力でしょうかね。 ナンディニ…西の還す者。既に100年以上も使命を全うしてきた人物。 決して不老不死ではなく、肉体的死が訪れる度に、「癒しの者」を使い、 人格と肉体を入れ替えて使命を全うし続けていたようです。 (つまりゲーム中のナンディニの姿は、精神のみがナンディニ、肉体は癒しの者のものです) ルタの使命を果たしていたナンディニも疲れ果て、レイランを捨てました。 そこに「還す者」であるアラミス達が来て、能力とともに全てを忘れたのでした。 (「ルタの優しさ」と言ったのは「終われた」からでしょう。未来永劫続くはずだった所を… ということはファウがこの任を引き受ける予定になっていたのでしょうか?) ニムラム…海原…じゃなくて(爆)<おまけ参照 ナンディニの守護者。4代目だそうです。守護者は肉体転移はしない模様。 ルタの使命…水鏡の者を通じてルタの使命を「還す者」は受ける。 石切は「還す者の目的は眷属を還すこと」と言ってましたが、これは石切流解釈と見るべきでしょう。 ルタの目的は「人々の幸せを作り上げる」ことですから、 「還す者」以外に世界に干渉する存在はいないようなので、「還す者」の仕事はゲーム中の通り。 年数指定は記憶を忘れる期間でしょうね。 領主が多いのは野心・物欲を忘れさせるため、富の再分配だと思われます。 ハファザの領主は意図があったのかどうか分かりかねますが。 富の再分配という点では仕方なしといったところか。それなら火付けるなよ、おい(苦笑) ルタの与える能力…全てを知った時に今一度確認すると、銀糸を腕に巻きつけていることに気付きます。 (カダンを守護者にするシーン) 銀糸の使用者はルタ、けれど想い叶えるのは第三者カダン、犠牲にするものも第三者であるカダン。 この時点で『銀色』における銀糸と使用法が異なっているため、独自の解釈を加える必要があります。 後述するということでこれは飛ばし(^^; カダンの願い「アラミスを守ること」、代償「ルタへの義務」 アラミスの願い「お姉ちゃんを幸せにすること」、代償「ルタへの義務」 こう考えていくと、いまいち代償の部分が分かりづらいですね。 義務といってもアラミスやカダンは背いていますし、特にペナルティはないですし…ここも解釈入れる必要ありでしょう。 アラミスの能力が何故、「還す者」になったかと言えば、 レイプされて心身喪失となったお姉ちゃんを幸せにするには「忘れさせる」ことが幸せだったからでしょう。 これは私としての意見ですが、「忘れる事=幸せ」ではないので、このケースは特殊と考えるべき。 ゲーム中ではお姉ちゃん・ナンディニ・ルタぐらいですかねぇ… それも微妙なところありますが。 まぁ、これはラスト部分にも関係するので、後で考えることにしましょう。 感想は特にありません。 カダンが守護者としての義務を重く考えているため、やや文章が一本調子で分かりづらい感がありました。 それでも終盤にかけて揺れ動く気持ちを描けた事は良かったんじゃないかと思います。 1章というよりはゲーム全体としての「序章」なので評価は後回し(^^; |
もう解説するの疲れましたよ(爆) 2章はあまり存在の意味ないですしねぇ… プリンセス(ポンコツさん)でダラダラ萌えとけという感じですかね(^^; シナリオの意味はないけれども、キャラの意味はあったという感じがします。 還された後、どうなるかということを考えるには調度良いかと。 ヒロイン:『チュチュ』は「水鏡の者」としてレイランへ遣わされる途中、 砂嵐に遭って一緒にいた遣いの者がチュチュをかばって死んでしまい、 そこを通りがかったターサが拾ってくれたおじさんに頼み込み、共に生活することに。 ある日、チュチュが拾われた砂地に行くと、チュチュを探していた男がいたため、 おじさんはチュチュで一儲けしようと商談吹っかけるも一発で刺されて死んでしまいます。 (つーか、身も蓋もないだろ、この遣いの男。口を割らせてから殺せよ) その光景を見たターサはチュチュと一緒に逃避行へ出るのだった… その後の2人は盗賊まがいの事をしながら、生きていきます。 そんな生活に抵抗感があったチュチュ、可愛いリボンを見て、 それを売ってお金を作ろうと思い付き、せっせとリボン作りを始めるのでした。 しかし街中でチュチュの水鏡の能力が発生したことにより、イブラ(水鏡の者)に眷属であることが分かってしまい、 レイランへ向かいなさいとターサは言われてしまいます。 盗みで得たお金で遠くへ行って2人で生活するか、それともレイランへ行くことがチュチュのためなのか… 結局、ターサは自分の力ではチュチュを幸せにできないと思い、 本来行くべき場所であったレイランへとチュチュを連れて行ったのです。 けれどチュチュはターサと別れたくないと願い、最後はカダンによって還されてしまいます。 2人は記憶を失って彷徨いながらも、2人にとって大事な場所、泉へと歩みを進めていくのでした。 話におけるヒント等はありません。 伏線めいたものはチュチュの作ったリボンですかね。これは後にアラミスが買うことになります。 あとは「還されること」、「忘れるということの悲しさ」を表現していることぐらい。 忘れたくないと望んだ2人…楽しい記憶も悲しい記憶も2人で過ごしたその時間はかけがえのない思い出。 それは絶対に忘れたくないし、忘れるべきものではありません。 その2人の思いは記憶を消された後も、微かな残光のように残り続け、 一緒に泉で縫製業をするようになった、そんなお話…美談ですな。 確かに人間は「忘れる」ことによって生きていけます。 辛い記憶をいつまでも引きずり続ければ何もできません。忘れることで明日へと歩んでもいけます。 ただ同時に、辛い記憶を噛み締めるからこそ、楽しい記憶も生まれ、明日へと歩んでいけます。 辛いことが一切なく、楽しいことのみで包まれた世界は変化のない、飽き安い世界です。 辛い記憶も、悲しい記憶も、楽しい記憶も、嬉しい記憶も、みんな自分と他人のかけがえのない宝、 それを捨ててしまう、忘れてしまう「悲しさ」を表現しようとしたんじゃないですかね? (→朱編へ続く) 私自身の意見を入れて考えると、こんな所です。 もう少し分かりやすく表現した方が良かったと思います。 4章ラッテを考えれば、上のような結論に至る…かもしんない(爆) 私もよく分かりません。プレイヤーにこの想いが伝わっているかどうか…定かでなしと。 2章の感想ですが、最初に書いたように、やや浮いた感がありました。 プリンセス(チュチュのこと)はポンコツさんそのものですし、ゲームに合わず中だるみになってしまいました。 せめて『銀色』の狭霧ぐらいなら… みずいろの日和に近すぎたのが失敗の一因かと。 最後の展開も劇的なものではありませんでしたし、インパクトがやや薄くなってしまったと思います。 中だるみしながら終わってしまったのが残念。 もう少し見せ方を工夫すれば涙を誘えたと思いますし、伝えたいこともはっきりしたように思われます。 『朱』がプレイヤーに伝わりにくい作品だったとすれば、この2章の見せ方の失敗が影響したと言えますね。 |
この『朱』において、「最も不幸なカップル」であると同時に、「最も幸福なカップル」と言えます。 最後は2人とも死んでしまうわけですから、不幸なカップルだと思うんですが、 最後までお互いに通じ合っている、そんな深い絆を持ったカップルだと私は思います。 ファウは人を越えた力を求めてルタを目指したのですが、最後ではウェズを信じ、人であろうとしました。 またファウの癒しの力で生き残った(入れ替わった)ウェズも、 最後までファウのことを大切に思い、還されることを拒みました。 もっとも「人間らしい選択」をした2人だと思います。 たぶん今回の『朱』の中でも一番人気あるカップリングじゃないでしょうかね? ヒロイン:『ファウ』はハファザの街の薬師、 ある日薬草取りに出かけた時、倒れていた旅人:『ウェズ』を助けます。 ファウは貧しい人からはお金を貰わず、領主にだけお金を貰う医者の鑑といった人間で、 ウェズは傭兵で旅銀を稼ぎながら旅を続ける、義理堅く、芯の通った人間、 ウェズは助けられたお礼にファウの手伝いをすることを決め、2人は共に暮らすことに。 そうやって過ごすうちに、いつしか2日は惹かれあうようになっていきました。 そんなある日、ウェズは街中で朱い石を付けた不思議な女性(水鏡の者;イブラ)と出会ったことで、 ファウも同じ朱い石を付けていることに気付きます。 ファウはその話題を避けようとしますが、子供の患者を救えなかったことをきっかけとして、 幼い頃にルタから授かった能力:持っていても使うことができない能力を知る決意をします。 イブラを探しに出たウェズは宿屋でチュチュの手がかりを見つけ(宿屋時は朱い石付けてなかったと思うが…?)、 ファウと共にアブイェドへ出かけます。 アブイェドの宿屋で同じくチュチュの落書きを見つけた二人はギモコダンへ(チュチュは行ってませんが→レイラン) ギモコダンにてナンディニ・ニムラムと出逢った2人はルタの眷属について教えてもらい、ルタの元へと旅立つのでした… 道中でファウとウェズは石切に出会い、ルタの眷属に関する詳しい話を聞き、 石切はファウに眷属をやめて普通の生活に戻ることを勧めますが、ファウはルタに会ってからと結論を先延ばしにします。 2人はドゥムジの峰まで行きますが、そこで門番に阻まれ、ファウを庇ったウェズは斬り付けられて瀕死に… 能力を使おうとするファウ、それを止めようとするウェズ、ファウが迷っていると懐からウェズから貰ったお守りが… 「朱い石」を手にとって眷属として生きることを決め、ウェズに能力を使うか、 「ウェズのお守り」を手にとってウェズの言うことを聞き、人として生きるのか… ファウは人としてウェズを看取ることを決めますが、その純粋な祈りによって癒しの力が発動し、 2人の人格は入れ替わる事になってしまったのでした… ファウが瀕死のウェズになり、ウェズがファウへと… 結末はある意味、皮肉ですね。 ファウは癒しの力に頼ることを止めたのにも関わらず、純粋な祈りが能力を発動させてしまうという展開、 これはさすがにもの悲しいものがありました。 でもストーリーとしてはこれぐらいインパクトある方が良かったのかもしれません。 けど普通にウェズが救われて、石切が突破口を作り、ルタの所へと向かっていたらどうなったんでしょうね? それはそれで興味があります。別の形でルタを救うことができたのかもしれませんね。 3章は色々とポイントがあるので、解説が長くなりますがご容赦を。 解説部分を3つに分けます。1つが恋愛部分、2つ目が3章のテーマ、3つ目が石切です。 ≪恋愛部分≫ ファウがどの時点でウェズに惚れてるのか気になりますね。 1日目はウェズがファウの治療の手伝いをし、晩にウェズはファウに恩返しのために手伝いを申し出るも断られ、 2日目に2人で草原にお出かけ、その晩、ファウの家を出て行くことをウェズが告げるとファウが焦って引き止め、 食事と寝床を提供するということでファウの傭兵役として住み込むことになる… 序盤の展開はこんな感じ。 問題はファウがなぜウェズを引き留めたかということです。 病み上がりの身のウェズが心配だったり、ウェズが傭兵をすることに抵抗感あったのかは確かです。 でもそれだけの理由であそこまで必死に引き留めるとは思えません。 2日目の時点でファウは自覚がないもののウェズのことが好きだったと思われます。 1人で薬師として頑張っていたファウ、そこに現われた義理堅い男性、 終盤で「甘えられるような相手がずっとずっと欲しかった」と語っていることもあり、 知らず知らずのうちにウェズに頼っていたんじゃないでしょうか? ですから、ファウは2日目の時点でウェズのことを好きになっていることが分かります。 それにしても中盤のファウの言動は男殺しですよね(笑) それで落ちずにファウと良い距離を保っていたウェズは凄い(爆)<朴念仁ともいうが、心は察してたと思われます もう私なんかファウたんに萌えまくり、悶えまくりっすよ(^^; 「そうですか。じゃあ、きっとすぐ慣れますよ。きっと私、これからいっぱいウェズさんのことを褒めると思いますから」 「護って…くれるんですよね?」 「寝ようとしなかったウェズさんへの罰です。今日は私と一緒に寝てもらいますから」 他にも薬草をウェズがプレゼントした時、がっかりするし…完全に女性として見てもらいたがってますね(^^; 普通の男ならベッドで背中合わせの時点で落ちますよ(笑) 酒のシーンでは襲ってます(爆) でもそんなプラトニックラブが良くて、ウェズの心地よい距離がカッコよく映りますね。 本当にファウが挫けそうな時、その時に抱いてあげた辺りが男の価値高め。やりますな、ウェズさん(^^; ファウは心優しく、人々を救おうという強い意志を持っているのですが、本当は甘えん坊で弱い人物、 それを芯の通ったウェズがファウを支えて護る……なんか理想的なカップルって感じですね。 ≪3章のテーマ≫ ファウは薬師でしたが、その限界を感じたため、ルタに与えられたという眷属の能力で人々を救おうと考えます。 その能力の使い方をルタに教わるために旅に出るわけですが、 石切に話を聞き、旅を重ねるうちに、超越した力などに頼らず、 薬師として地道に人々を救って生きるのがいいのではないかと迷いが生じていきます。 少なくともウェズはそう考えていましたし、最後にはファウもその選択をしました。 つまり3章というのは『銀色』『朱』の1つの答えを示していることになります。 ファウは人々を救うために、人智を超えた力を求めたのですが、最後は人として生きることを選びます。 3章終盤の草原での会話を引用します(ルタの力に関する会話) 「ファウには必要のないものかも知れんな」 ファウは力などなくとも、十分誰よりも輝いている。 そう、眷属の力などなくとも、誰もファウのことを責めたりなどはしないだろう。 「そうですね、私もそんな気がします」 「ルタに話を聞いたとしても、共にハファザに戻るのだろう?」 「はい、もちろんです」 2人が直接ルタに朱い石を還すことを決意するシーンです。 この会話から上記のように人として生きることを選んだことが伺われます。 『銀色』の石切にしても、『朱』のルタにしても、「銀糸という超越した力を用い、人々を救う」ことを願いました。 それが正しいことなのか、悪いことなのか… まぁ、悪いとは言いませんが、結局そんなことしても歪みが大きくなるだけ。 ファウのように命を失ってしまったり、ルタのように目的を完遂できぬまま悲劇ばかり増やしてしまうのです。 「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、 自分の能力を越えたことをしようとすれば自滅するだけです<CF聖魔大戦の受け売り そんな力に頼るよりも、ファウのように地道に人々を救っていくことの方が、どれだけ多くの人が救われることでしょうか。 願いを叶えられないもの、幸せになれない人間を救うには、同じ人間が手を差し伸べることでしか救われないのです。 例え人一人が救える人間が少なくとも、全ての人間がそういった心を持てば、全ての人間が救われ、幸せになれます。 人々を救いたいならば、 為政者が、周囲の人間が、見ず知らずの人間が救いの手を差し伸べること。 人を救えるのは人、それは神でもなく、超越した力でもない。 そういった結論が3章には込められていると思います。 ファウとウェズは死んでしまいましたが、もっとも人間らしく死ぬことができた2人だと私は思います。 「不幸でありながら幸せなカップル」、その意味の一端がこれです。 もう1つの意味は終章の銀色のウェズの最後のシーンにあります。ついでですから、ここでも触れておきましょう。 アラミスに残した最後の言葉、「自分の証がどこにあるのか考えろ」 『朱』のテーマである「己の証」、その答えはウェズに込められていると言えます。 死に際に後悔しか残っていないと言ったウェズ、それを聞いたカダンは還すことが優しさならばと思い、 ウェズを還そうとしますがウェズは断ります。 それはウェズの中にファウが存在したという証(思い出・記憶)があったからであり、 ファウの中にウェズが存在したという証があったからです。 それを忘れてしまったら2人の絆は消えてしまうし、存在理由(identity)の消失となります。 そうやって生きることに価値があるのか、否と思ったのがウェズとファウです。 1章で語ったように、忘れる事で生きていけますが、思い出を抱かねば生きられないのも確か。 2人の取った行動、強い絆は『朱』のテーマの答えだと言えます。 だからこそ、「不幸でありながら幸せなカップル」となるわけです、はい。 ≪石切・ルタとファウ≫ 3章にて石切が登場します。 ハファザの街にて老人が、「幾年月を経ても尚、老いを知らぬ女がいると言う」、これは石切のことですね。 ギモコダンを抜けた砂漠で石切とウェズ・ファウは出会い、ルタの眷属に関する詳しい話を聞きます。 その内容を簡単にまとめると… 眷属とはルタより様々な力を授かりし者、代償としてルタへの義務が生じる。 眷属の能力は本人の望みを具現化したものである。 ルタはファウをまだ必要としていないから能力を教えていない(石切の推測) ルタは水鏡の者を通して、眷属を見ている。 力は眷属自身に宿るものであり、朱い石には何の力もない。 癒しの力には気をつけなさい。それを使うと自身の身も無事では済まない。 …といったことを話し、ファウに眷属を止めて普通に生きることを促すわけです。 それはゲームをやれば分かることですので、ここでは幾つか言外の意味を探ろうと思います。 まず石を渡して眷属を止めなさいと石切が言うシーンでファウが、 「石を渡すだけで? でも力は消えないって?」と質問したところ、 「そのようなものが居ると思ってください」と石切は答えます。 ここで出てくる「そのようなもの」とは「還す者」でしょうね。 能力を消す、というよりも忘れさせるために還す者は存在するということが分かります。 でもファウは能力の使い方分からないんだから、消す必要ない気もしますが(^^; 次にファウが能力を知らされていない理由を聞かれた時に、石切は「必要がないから」と答えていますが、 一瞬口篭っていることから石切の推測であることが分かります。 もっとルタ(ラッテ)を好意的に解釈するなら、ファウにわざと知らせてなかった、 その後も知らせるつもりはなかったとも考えられます。 ファウのやっていることはラッテであった時に望んだ願いそのものです。 そんな姿を見ていたらラッテ(「ルタ(女)」ではない)はファウを癒しの者として使うつもりはなく、 その行動が人々を幸せにすることに結びつくか見ていたかったのかもしれません。 私はルタ(女)にラッテの心が残っていると信じたいので、そう思いたいですね。 だってその方が救われるじゃないですか(^^; 最後にもう1つ、箇所は忘れましたが、眷属を止めた者達の石を見せるシーンで石切が、 「ですが、貴方達のような者なら…」と呟き、悲哀の色でファウを見つめる場面があります。 同じような場面がカダンの所であります。 つまりこのシーンで石切は「ファウとウェズがルタを変えられるかもしれない」と考えていることが分かります。 では何故、途中で言葉を遮り、普通の生活に戻ることを勧めたかといえば、 「ファウは眷属の悲劇に関わらず、普通に生きた方が幸せだろう」と判断したからでしょう。 ルタを変えられる可能性はあったものの、ルタの所に行くという危険な責務を背負わせられない、 それよりもファウとウェズには普通に人々を救える力があると石切は思ったわけです。 (アラミスとカダンはどうでもいいから危険な責務を負わせようということではないですよ。 最強の眷属の「還す者」であり、守護者がいて、ルタに会う明確な理由を持っている最も適した人物だったからでしょう) それにしても石切は再びファウに会うようなことをほのめかしながら、出てきませんよね。 ドゥムジの峰の前で会ってれば、また結末は変わったことでしょうに… そう思うと残念。 ひょっとして2人に会った帰り、手負いのカダンとアラミスに出遭ったせいなのかも。あー、やっぱ不憫やね。 もっともファウとウェズも大人しく引き返しておけば良かったんでしょうが。 まさに後悔の残る結末でしたね。もう少しウェズが強くファウを引き留めていればなぁ…ということか。 |
1章の続きで、終章へと流れていく繋ぎのストーリーです。 カダンとアラミスは互いを還そうとしたが、アラミスはやっぱり忘れたくないと思うも、 もう時遅し、カダンが術をかけてしまい、アラミスのみ還されることに。 カダンはニムラムの傷が原因でもう歩くことができなかったのですが、 そこにファウ・ウェズに逢った帰りの石切が偶然通りがかり、2人を助けました。 それから役1年後、ハファザの街の宿屋で休息を取っていた2人、 アラミスは宿屋の娘:『ミルア』を手伝いながらカダンの看病をする日々。 そして2人を訪れる水鏡の者:『イブラ』、イブラはアラミスのことを兼ねてから心配していました。 ある日、アラミスはイブラと共に街に出かけたいと誘い、 今まであまり笑顔を見せていなかったイブラは何かを吹っ切るようにアラミスとカダン、3人で楽しく過ごしました。 その晩、イブラはカダンに頼み、「還されること」を望みます。 還されたイブラはカダンの「ダクシャの街に行け」という言葉を頼りに街を出て行くのでした… あの日還されたアラミスは笑顔を振りまきながら、幸せな生活をしていたのですが、 カダンはそのアラミスの笑みに何か(カダンに向ける本当のアラミスの笑み)が足りないと感じていました。 またアラミスもカダンやイブラが自分を見ていない、カダン・イブラと自分が見ているものは違うと寂しさを感じていました。 アラミスは「私の中の空白を取り戻したい。皆と同じ景色が見えるようになると思うから」とカダンに話し、 2人はアラミスの記憶を取り戻してもらいに再びルタの元へ旅立つのでした… 旅の途中、泉でかつてカダンが還したターサとチュチュに2人は出会います。 ターサとチュチュはお互いのこと、昔の記憶がなかったものの、 その心に刻まれていた泉での淡い思い出は消えることなく、2人で縫製業をやるなど新しいスタートを切っていたのでした。 またギモコダンでカダンはニムラムと再会します。 ナンディニは既に病死しており、何を為すでもなくニムラムはその場に留まり続けていたようです。 そんなニムラムに対してカダンは「還してやろうか?」と問いかけますが、 ニムラムはナンディニは自分の心に生きているのだからと断ります。 ニムラムもまたカダンに「還してやろうか?」と問いかけますが、カダンはそれを断ります。 その後も2人は旅を続けていくのですが、突然の川の氾濫によってアラミスは川の中へ落ちていくのでした… まぁ、こんな感じです。 この幕間は『朱』におけるテーマ部分の提示となっています。 「忘れること・忘れないこと」「己の証とは?」この2つのテーマを提示する形になっています。 カダンは当初「アラミスの欠けた(忘れた)部分を取り戻す」という理由で旅に出ますが、 チュチュやニムラムと話すうちに「自分の欠けた部分、己の証を取り戻す」ために旅を続けると変わっていきます。 忘れない事を望みながら忘れさせられてしまったチュチュとターサ、 例え記憶を失ったとしても、本当に大切な想いは魂に刻まれていて、2人は再会を果たしました。 その絆の強さ、人間の強さを示した部分であり、「忘れること=不幸せ」ではないことが分かります。 もちろん昔の記憶も2人にとって大事だったでしょうが、ターサはチュチュに対して負い目があっただけに、 ある意味で対等に生きられたのかもしれません。 どちらが良かったかは誰にも分からない、そういったところでしょう。 「忘れても想いは残り、幸せになることができる」、それをチュチュらは示していたのだと思います。 一方、ニムラムは「忘れないことを幸せ」とする立場を示しています。 死んだナンディニは心の中で生き続けている、そしてニムラム自身もカダンや他の者の心で生き続けていると説き、 ナンディニが生きた証を失わないよう、忘れないことを望みます。 この時、ニムラムはカダンに「還してやろうか?」と逆に問い、カダンは拒むわけですが、 ここではどういった心理が働いていたのでしょうね? カダンのかつての目的からすれば、「守護者である自分を捨て、普通のカダンとしてアラミスと生きる」わけですから、 ルタに会わずともニムラムに還してもらえば済むことです。 ここで拒否したということはカダンの中で1つの変化があったことを意味します。 もうこの時点でカダンの旅の目的は「己の証を取り戻す」ことになっていたのでしょう。 それを自覚していたような感じはありませんが、本能的にそう思っていたのだと思われます。 そしてニムラムの話を聞くうちに、それが確固としたものになったのでしょう。 アラミスとカダンが「忘れること・忘れないこと」のどちらを現しているかというのは難しい所です。 ED部分では再び2人とも忘れようとしているわけですから、 必ずしも「忘れることが悲しい」と思っているわけではないようです。 忘れることの可能性として、チュチュとターサの2人の関係があり、 忘れないことの可能性として、ニムラムとナンディニの関係があります。 2人はどちらでもなく、迷い続けている探求者だと私は言えると思います。 ただカダン・アラミスの2人のアンバランスだけはどうにかしたくて旅を続けているように思えます。 カダンがニムラムの申し出を断ったのはニムラムのような確固たる信念があったわけではなく、 まだどうすれば良いのか分からずに迷っていたから断ったのでしょう。 ここから終章にかけて、2人の出す答えが『朱』のテーマ部分の答えだと言えますね。 ですから、幕間である「朱」はテーマ提示部分です。 |
これは過去の話、カダン達の話から遡ること、270年以上前の話です。 ラッテとルタの話、「ルタ」の始まりの話です。 終章に入る前の伏線みたいな話ですので、意義自体はそれほど大きくありません。 キャラの特徴さえ把握できれば問題はありません。 4章では終盤に銀糸が登場することによって、『銀色』との繋がりが見えてきます。 緋檀の一族の長である『ルタ』は絶えたと言われていた宗家の人間(石切)に銀糸を手渡しに行く道中、 (銀糸の影響なのか)嵐で船が難破する災厄に見舞われてしまい、護衛の仲間を失って漂着したのがドゥムジ卿の別邸、 ドゥムジ卿の娘である『ラッテ』に助けられて一命を取り留めます。 ルタは傷を癒すために、しばらくの間、ラッテ・マィラが生活する屋敷に留まることを決めます。 最初はメイドのマィラはルタが緋檀の一族の者ということで、畏まった態度をしていましたが、 ルタのはからいもあって次第に打ち解けていく3人、いつのまにか3人は家族のような温かい時間を過ごしていました。 しかしルタの銀糸を届ける使命は何にも変えがたいものであり、体調が癒えるに連れ別れの時間も近づいていきます… そんなある日、食事の際にラッテはルタと一緒に旅に出たいと話します。 その時、ラッテの言葉に過敏に反応したマィラは思わずルタを怒鳴ってしまい、ラッテが泣いてしまうという出来事が起きます。 ルタはマィラから「もうすぐラッテの目が見えなくなってしまうこと」、「だからこそ外の世界を見たがっていること」、 「ドゥムジ卿は外に出ることに反対していること」、「マィラ自身も屋敷にいるべきだと思っていること」を聞き出します。 ルタはこれ以上の滞在はラッテ・マィラにとってもよくないと判断し、翌日の出立を決めます。 しかしラッテは旅に出る決意を固めており、ルタを追いかて行きます。 最初は拒んだルタも、マィラの説得・ラッテの決意を感じ取り、旅の同行を許します。 初めて触れる外の世界に感動するラッテ、厳しいながらもラッテは楽しく旅を繰り広げていきます。 途中ドゥムジの峰の山中にて、ラッテがルタとの朱い石とカメオの宝石との交換して欲しいと言うのですが、 その際にルタが心無い一言を言ってしまい、ラッテが自分の宝物であるカメオの首飾りを捨ててしまうアクシデントがありましたが、 ルタの真摯な思いにラッテも理解を示し、ルタも「役目が終わったら、必ず見つけてやる」と約束し、2人は旅を続けていきます。 道中に寄った街にて貧民街を、砂漠では襲われたキャラバンを、人の死をと世の中の不条理を目にしたラッテ… そのどうすることもできない悔しさ、悲しさをラッテは痛感します。 「あの殺されたキャラバンの者達だが、お前はどうすれば良かったと思う? 不幸なことを…いや、どうすれば幸せになれたと思う?」とルタは問い、 ラッテは「良く分からないけど…襲ってる人が悪いと思う」と子供らしい返答をします。 ルタは「襲う人間も生きるために襲わざるを得ない」と言おうとしますが、 今のラッテでは分からぬと思い、その話題は持ち越しとなったのでした。 その後も2人は旅を続けていきますが、岩山にてラッテの目が一時的に見えなくなってしまい、 ラッテは崖の方に足を踏み外して落下… それを庇うようにルタも一緒に落ちていくのでした… ここでは「ルタの目的と銀糸」、「ラッテの性格」に関して整理しておこうと思います。 ≪ルタの目的と銀糸≫ まず「ルタの目的と銀糸」を整理しておきます。 ずっと昔、砂漠の遥か遠く離れた場所にとある一族が住んでいました、 彼らはどんな願いをも叶えてしまうという不思議な銀の糸の製法を知っている一族だったのです。 けれど銀糸の製法を知る宗家は途絶えてしまい、宗家の影から世を憂うことを務めとしていた分家のみが残ることになりました。 分家の一族である緋檀の一族は宗家から「使ってはならぬ物」と銀糸を預かっていたのですが、 その間に宗家からの連絡が途絶えてしまい、使われることない銀糸だけが緋檀の一族に残されてしまいました。 そんなある日、連絡が絶えて久しかった宗家(石切)から銀糸を持ってくる旨が届きます。 一族で話し合った結果、ルタは宗家に返すべきだと決心し、銀糸を運ぶ任を受けた…という感じですね。 緋檀の一族に関して注意する点は、「実質的力は何も持っていなかった」ということでしょう。 ルタの眷属は「長い歴史の中で影から世を支えている者」と言われているのに対し、 緋檀の一族は「世を憂うことを務めとする」とあります。 私の勘違いがなければ「世を憂う=世界を心配する」という意味ですから、 実際に世界のために動いていたわけではないようです。 何かしていたとするならば、預言や神の啓示といったものを授かる一族、現実的に言えば銀糸を守るための部族だったのでしょう。 だからこそ、一族の若い者(ルタを含む)は世の不条理をどうにかしたいという気持ちに駆られ、 銀糸を使う可能性を考えていたのかもしれません。 もしも銀糸を使うことで世の不条理がどうにかできるなら… けれどそれと同時に宗家より使用を禁じられている銀糸、世の理に反する銀糸を使ってはいけないという思いもありました。 だからこそ、ルタは銀糸を作った宗家の人間に、銀糸をどうするのか自ら尋ねたかったのでしょう。 ひょっとしたら銀糸を世に役立てるための方法を知っているかもしれない… それともやはり銀糸を封印するのかもしれない… もしくは銀糸を悪用しようとするのかもしれない… そういった様々な思いを抱えたまま、ルタは旅に出ていたんだと思います。 その中でもルタが一番あって欲しかったのは、 宗家の人間が「銀糸を世に役立てる方法を知っているかもしれない」だったようです。 もちろんルタはその方法がなければ、銀糸を封じることに納得したと思います。 けれど一番の願いは使う方向性の模索でしたから、ラッテの気持ちは必ずしも間違ってなかったとも言えます。 ルタは『銀色完全版』における『久世』の役割にあるわけですが、久世との一番大きな違いはこの点です。 久世は「銀糸を封じる」と決意を固めていたのに対し、ルタは「銀糸を使う方法があるのでは」という迷いがありました。 この僅かな迷いがラッテに悲劇をもたらしてしまったと言えます。 ≪ラッテに関して≫ 4章でもう1つ重要なのはラッテの性格の把握ですね。 「意地っ張りで照れ屋だけれど、本当は心優しい純粋な性格」。 あ、簡単にまとまりましたね(爆) 問題はラッテが銀糸に関してどういう思いを抱き、ラッテの心の中には何があったかでしょう。 ラッテは銀糸を使うことがどういうことであるか正確に理解はしていませんでしたが、 終章銀色においても石切に会うまで銀糸を使うことがなかったことから、 「銀糸は使うべきでない」というルタの言葉は分かっていたようです。 ただ同時にルタが口を濁していた部分、「しかし唯一の望みを託せるとすれば…」、 このルタの宗家に対する「期待の念」も分かっていたように思います。 だからこそ、ルタが命をかけて守ろうとした銀糸を石切に届けようとしたのであり、 石切に銀糸を封印すると言われて、心が悲しみに包まれてしまったのでしょう。 (ルタはある程度意味ないことかもしれないと思っていたものの、それをラッテの前で現していませんでした) ラッテは「銀糸を使うべきではない」というルタの言い付けは分かっていたものの、 「代償があればこそ願いの価値があるということ」の意味は理解できておらず、 「銀糸を使って人を救う」というルタの思いを知っていただけに、それが先行してしまったのでしょうね。 もう1つ考えるべき事はラッテの心の中に何があったかです。 「困ってる人を助けたいという純粋な気持ち」、 「ルタの思いを届けたいという気持ち」、「ルタに対する親愛の情」はもちろんですが、 「ルタがいなければ何もできないという孤独感」、「ルタが死に、自分が生き残った後ろめたさ」、 「目が見えなくなることの恐怖」、「外の世界に対する羨望」、 「自身が成し遂げられなかった事に対する無力感」、「悲しい思い出を忘れたいという気持ち」 普通に考えて、これぐらいの感情が想像つきます。 いや、どうでもいいことなんですがね。 最後にルタの眷属に関して考える部分でも触れますが、眷属の能力はある程度決まっているように思えます。 自由自在に様々な能力を持つわけでなく、「還す者」「水鏡の者」「癒しの者」「番人」と力の方向性が決まっています。 おそらくこれは眷属の能力はラッテの気持ちを具現化したものではないでしょうか? 「見えないことの恐怖・羨望」は水鏡の力に現れ、 「ルタが自分をかばって死んだ事の後ろめたさ・後悔」は癒し力に現れ、 「自己防衛・ルタの思いを遂行したい強い気持ち」は番人の力に現れているように思えます。 『朱』における「癒しの力」が人格交換という特殊な体を為しているのは、これが理由だと思われます。 「還す者」の能力は少し特殊ですね。 これは「何故、ルタが領主を還させる」のかを考えると見えてくるように思います。 1章のところで私は「富の再分配」としましたが、この解答は適切ではありませんでしたね。 ラッテは「悪人は許せない」という気持ちを抱いていたことは確かですが、「金持ち=悪人」と考えはいません。 ラッテ自身も豪商で支配階級であるドゥムジ卿の娘なのですから、お金持ちに対して悪い感情を抱いてるとは考えづらいです。 (父親に対する侮蔑の念があれば別ですが。ゲーム中でそれを伺わせる表現は一切ありません) ですから、単純に自分と同じ立場であった金持ちを還すのは変です。 もちろん、その金持ちが悪人であれば別でしょう。ただ少なくとも表面的にはハファザの領主は良い人間でした。 よってルタが領主を還させているのは別の意図があったと考えられます。 私は「ルタ(ラッテ)自身が還されることを望んでいた」のではないかと思っています。 それで幸せになれる… 少なくとも己の罪悪感・悲しい感情を忘れたい感情があったのでしょう。 だからこそ自分に近い立場である人間を還させたのかもしれません。 んー、ちょっとまとまらなかったですね。これはまた持ち越しということで(^^; どうでもいい私の4章の感想〜 突然ですが、父性に目覚めました(笑) あー、ラッテのような娘が欲しい!(爆) 可愛がってあげたい・導いてあげたい、そんな気持ちを抱かされました(^^; コロコロ表情が変わりますし、それでいて純粋な心の持ち主、ほんわか温かい気持ちになりましたね。 屋敷でのルタ・ラッテ・マィラの3人の食事風景・テラスでのダンスは家族だな〜という感じでした。 プレイ中は「どうしてこのラッテが、ルタのような人間になるのだろう」と不思議に思っていましたが… プレイして理由は分かりましたが、必ずしも納得していなかったりもします。 基本的に頭の良い娘だと思いますから、自分のしていることが正しくないと気付かなかったはずはないでしょう。 そう考えるとラッテの中に自分を止めてくれる者、「還す者」を予め作っていたように思ってしまいます。 もう少しラッテを導いてあげる人間がいたなら…変わっていたでしょうね。 ま、最後はカダンによって救われたわけですがね。人間らしく変わる道もあったかもしれません。 |
過去編の解説の一部は4章にもありますので、そちらに目を通してからご覧ください。 大河に飲み込まれたアラミスとカダンでしたが、カダンは石切に、アラミスはウェズ(ファウ体)に助けられます。 カダンは石切から、何故ルタの元へ向かうのかと尋ねられ、 「取り戻すのはアラミスではない…取り戻すのは俺自身だ」と己の証を取り戻すためと旅の決意を告げます。 石切はそのカダンの言葉を信じ、「ルタを変える・救う」という役目を託します。 一方のアラミスはウェズとともにドゥムジの峰に向かうのですが、 ウェズは門番にファウでない(ルタの眷属ではない)ことが分かってしまい、斬りつけられてしまいます。 そこに駆けつけたカダン、さらにそれを追ってきた不死者である石切によって門番は倒されますが、 ウェズは既に虫の息、最後の力を振り絞り、アラミスに「自分の証がどこにあるのか考えろ」という言葉を残し、 カダンの還す力を断り、ファウの証を胸に抱いたまま息を引き取ります… そのウェズの残した最後の言葉はアラミスに深く刻まれ、ルタの元へ向かう決意をより強固にするのでした。 ドゥムジの峰は雪に覆われる厳しい天候、(Hシーンは唐突過ぎるので忘れましょう(^^;) 途中、朱い石に似たカメオの首飾りを2人は拾い、先へ先へと進んで行きます。 ついにドゥムジの峰を超え、海岸まで来たアラミスとカダン。 ここでカダンは無邪気なアラミスを見て、再び迷います。 「もしかしたら、このまま(のアラミス)が一番良いのかもしれない」、 「もし、仮に今、俺自身が還れるなら、アラミスにとってその方が良いことかもしれない」と。 そして自身を還せないなら、アラミスを還そうと考えますが、 「だが、まずはアラミスを、いや俺自身を取り戻す。その為にここまで来たのだから」と カダン自身未だに迷いながらもルタの元へ向かっていきます。 ここで過去編の続きをまとめておきます。 ラッテを庇ったルタですが、その時は軽傷で済み、再び旅を続けていきます。 ラッテに楽しい思い出を与えようとしながら… その話の中でラッテに銀糸の伝承をルタは語り、「銀糸を使ってはいけない理由」を話すと同時に、 自身が宗家の者に抱いている一縷の望みもラッテに話そうとします…が、それは思い留まります。 もう少しで宗家の者と合流できるという所で、ラッテの目が突然見えなくなり、 怖くなったラッテは再び足を踏み外して崖下へ…ルタが庇いますが、今度は重傷を追ってしまいます。 完全に目が見えなくなってしまったラッテ、そんなラッテを見てルタは迷います… 「許されぬことかもしれない。いや…誰が許す許さないではない…俺自身の信念が許さない。 (ここまで銀糸を運んできたのは宗家の人間が銀糸を世に役立てるかもしれないという一縷の望みかけたから。 銀糸を使うことに迷いがあろうか…けれど人の手には余るもの、宗家の人間ならまだしも自分などでは…) …だが、最後にたった一度だけ…」 そうルタは考え、銀糸に「ラッテの目を癒せ」と願いを込めます。 銀糸は願いを聞き入れ、ラッテの目を見えるようにします。 しかしルタは重傷を負っていたこともあり、命が尽きようとしていました。 そんなルタを見て、ラッテはかつての石切のように銀糸を使おうとしますが、 「せめて(銀糸を)自分に使うことだけは…」とルタはラッテを制し、 宗家の人間である石切に渡すようにとラッテに銀糸を託してルタは息を引き取るのでした… 銀糸とルタの想いを受け取ったラッテは、石切に銀糸を渡すために先を急ぎます。 けれど途中砂嵐に合ってしまい、幼いラッテは力尽きて倒れてしまうのでした… 「この銀糸を使えば、きっと宗家っていう人に銀糸を渡すことができる… けど銀糸を使ったらルタがきっと悲しんでしまう…」 ラッテはそう思って銀糸を使わず、なんとか石切に銀糸を手渡そうと必死に頑張ります。 そこに現れた石切、ラッテの命が尽きかけているのを察し、優しく語りかけます。 ラッテはルタの・自分の思いを届けられたことで、嬉しさで胸いっぱいになるのですが、 「これを使ってみんなを助けて…」と銀糸を使ってくれることを期待したところ、 石切は悲しそうに首を振り、「銀糸を封印します」と己の信念をラッテに告げます。 ラッテはルタが「宗家が銀糸を役立ててくれるかもしれない」という期待を知っていたこともあって、 ルタが命を捨ててまでも、自分も命をかけてまでも届けた銀糸、 自分達がしてきたことが無駄になってしまうという無力感・絶望に囚われてしまい、銀糸を発動させてしまいます… ラッテは「ルタ」と名前を変え、ルタの為し得なかったことを引き継ごうとするのでした… 石切はそんな「ルタ」にかつての自分を見てしまい、その行動を哀れみながらも止めることはできず、 「ルタ」が自分で分かってくれることを望みながら、「ルタ」が救われることを望みながら待つことを決めたのでした。 再びカダン達の時代に話を戻します。 「ルタ」の屋敷に辿り付いた2人はその朽ち果てた中で唯一綺麗にされている部屋、 かつてのルタが滞在していた部屋を見つけます。 そこで「ルタ」はカダン・アラミスに退去を促し、自分の元へ来るよう指示を出します。 「ルタ」に対面したカダンとアラミス。 カダンは事の経緯を話し、「自分を取り戻すため」とアラミスの記憶を戻してくれるよう頼みます。 「ルタ」はその願いを聞き入れ、アラミスを己の眷属に戻すことによって記憶を元に戻します。 ルタの元にやってきた目的を果たした2人は、もう1つの仕事、「託された思い」をルタに渡します。 ウェズ(ファウ)の石、チュチュの石、ナンディニの石、イブラの石、石切より託された多くの眷属の石を、 そしてドゥムジの峰で拾ったラッテのカメオの首飾りを… それを見た瞬間、「ルタ」という心のメッキが剥がれ、ラッテが現れます。 「ルタもこんなこと望んでいなかったのに…」 そこには「ルタ」という叶える者、威圧するような特別な存在はおらず、 一緒に居たかった人がいなくて、寂しく泣いている一人の女の子「ラッテ」がいただけだったのです… 泣きじゃくるラッテを前に「還してやろうか?」と問うカダン、 ラッテは「ルタ」である自分を捨てるため、ルタをこれ以上縛らないために、カダンに還してもらうことを選択します… 全てを終えたカダンとアラミス、2人はあの日と同じように海岸にて砂の城を作り、 それを2人が存在した証とし、あの日と同じように「眷属ではない、ただの2人」に戻るための儀式をします。 2人は互いに手をかざして… ここでエンディングと(^^; チュチュとターサはダクシャの街に居て、イブラとともに縫製を営む日々、 そしてカダンとアラミスもどういう選択をしたにせよ、 眷属ではないただの2人に戻り、明日への一歩を踏み出したのでした… まとめようとした割には全然まとまってませんね(爆) 解説する部分がありすぎるんですよ… まぁ、ゲームをやり直して貰えれば分かる部分はこの際なので省きます。 ポイントは3つ、「ラッテが『ルタ』になった理由」、「ラッテが還されるシーン」、 そして「ラストのカダン・アラミスの選択」でしょう。 ≪ラッテが『ルタ』になった理由≫ ではラッテに関連する2つの内容、「ラッテが『ルタ』になった理由」「還されるシーン」に関して解説していきます。 まずルタの最後のシーンの文章の再検討から入ります(一部文章略:解説入り) (これが我が一族に伝わりし者、そして、もしかしたら…この世を何とかしてくれるかもしれない。) 「前に俺に問うたな? この世のどうにもならぬことに糸を使うことについて…」 (激しく咳き込んで銀糸を手に取るラッテを見て) 「せめて、俺に使うような真似だけはっ」 「…実は俺にも、何が正しいのかは分からぬ。だが、これを使うことがいけないと言うことだけは分かる。 願いや望みは叶うことが大切ではない、 叶える為の行為…代償があってこそ、初めて価値あるものになるのではないか?」 「わたしには、そんなのわからないよ…わたしは、只、ルタさえ元気だったら…」 (それを必死に止めるルタを見て…) 「うぅ、分かった、約束するから」 「だから俺は託すことにした。そう、この世の為に正しく… (宗家なら正しく使う術を知っているかもしれない) だから俺の代わりに宗家のイスナに渡してくれ。 そう、その者ならきっと…」 (いや、それも違うのかもしれない…銀糸はどうあっても使うべきでない物なのかもしれない。 だが今のまま何も出来ないよりは、唯一の託せる者に、望みをかけるのは駄目なことなのだろうか…) 4章でも書いたように、ルタには迷いがありました。 銀糸は使ってはならない物だと思いながらも、 宗家の人間が「銀糸を世に役立てる方法を知っているかもしれない」という思いを抱いていました。 けれどその中途半端な思いは、逆にラッテを強く縛り付けてしまったように思えます。 この会話を聞いたラッテがルタの想いを「銀糸を石切に届けること」、 「願わくば世の中に役立てて欲しいこと」と捉えるのは無理からぬことでしょう。 ただ石切に渡しに行く道中でラッテは… この銀糸を使えば、きっと宗家っていう人に渡すことができる。 だけど、それは正しい事なのだろうか…その答えはやっぱり分からない。 でもこの銀糸を使う事はできなかった。 銀糸を使ったら、ルタがきっと悲しんでしまう。 …とラッテが考えているように、 銀糸を役立てる方法があるかもしれないと思いながらも、 銀糸を使っては行けないとも思っています。 ですから、石切が銀糸を封じようが何をしようが、ラッテが銀糸を使う理由はないはずです。 そりゃ役立ててもらった方がいいでしょうが、その選択は宗家の人がするものだとラッテも分かっていましたし、 ラッテ自身が銀糸を使ってはいけないことは理解していました。 もしも「自分で銀糸を役立てる」という気持ちがあったなら、砂嵐に遭って砂漠に倒れた時に使ってることでしょう。 よって別の要因があると考えられます。 その答えはラッテの銀糸を使う直前の想いにあります。 「誰がルタを… 誰が私を…」 それは今まで続けてきた旅が無駄になったという無力感であり、 ルタ、そして今にも尽きようとしている命の悲しさであり、 なによりも「自分達の生きた証」を残せぬままに、 何もない砂漠の中で誰にも思いを届けられることなく消え逝くことの恐怖・虚しさです。 頭では銀糸を使ってはいけないことを分かっていたラッテですが、 悲しみや恐怖、虚しさといった感情をラッテは止めることができず、それに銀糸が反応してしまったと見るべきでしょう。 「銀糸を世の為に役立てる」というのは後から作った方便に過ぎないと言えます。 またこのシーンはラッテが銀糸を使ったように見えますが、私はラッテが銀糸を使ったとは見ていません。 むしろ「銀糸に心を取り込まれた・銀糸を心に取り込んだ」と考えています。 ラッテ、否、「ルタ」は銀糸であり、銀糸は「ルタ」だったと言えます。 ラッテは不老不死ではなく、銀糸だから歳を取らなかったと思っています。 ま、これに関しては独自説なので最後のまとめに書くことにします(^^; 最後にラッテが「ルタ」と名乗ったことですが、これには大きな意味があると思います。 これはラッテが死んでも尚、「ルタ」を求め続けていたことを意味し、 自分がそう名乗ることによってルタが生きていると思い込もうとしていた、縛り付けていたのでしょう。 ニムラムやウェズも同じように亡くなった相手の想いを残していましたが、ラッテの物とは異なります。 言うなれば現実を見ているかどうか。 ニムラムもウェズもナンディニ・ファウが死んだことを自覚しており、 その上で自身がどう生きていくかを模索しており、死者の想いを大切にしています。 (少し塞ぎ込んでいる面はあるとはいえね) けれどラッテは「ルタ」と名乗ることによって、 いつかルタが帰ってきてくれるのではないか、宝石交換の約束を果たしてくれるのではないか、 そうやってルタが生きていると想い込もうとしているような気がします。 カダンとアラミスが見た綺麗に整えられた部屋(かつてのルタの部屋)は、それを表しているのでしょう。 ラッテは思い出を大切にしているのではなく、思い出に縛られていると言えます。 ≪ラッテが還されるシーン≫ この視点から最後の「ルタ」が還されるシーンを見ると、二重の意味で言葉を捉えられます。 「こ、こんなの、ルタも望んでなかった筈なのにっ」 「そ、それでも約束は守ったのにっ」 「ほ、本当は違うってわかってたのに…」 「で、でも…でもでもっ」 普通に見れば、 「ルタもわたしが銀糸を使うことなんて望んでなかった筈なのに…」、 「銀糸を宗家の人に届けたのに…ルタの願いを届けたのに…」、 「本当はわたしが銀糸を使ってみんなを救うことが違うって分かってたのに…」 「で、でも…でもでも、どうすることもできなくて…」、となります。 けれどもう1つの見方をすると、 「ルタもわたしがルタを待ち望むことなんて望んでなかった筈なのにっ」 「ルタは死んでも、わたしの大切なカメオの首飾りを届けてくれたのにっ」 「ほ、本当はルタはもういないってわかってたのに…」 「で、でも…でもでも、わたししかルタを残すことができなかったら誰も…」、とも見ることができます。 後者の方は自分でも文章の繋がりが変だとは思いますが、やはりこのセリフは二重の意味で取るのが良いと思います。 文法的に2セリフ目の主語がないということは、「わたし」か「直前の主語」を受けることになるのですが、 「ルタ」が主語ならば「守ってくれた」と述語が受けるので、「わたし」が正しくなります。 しかしこのセリフの時にCGが、「ラッテがルタに宝石交換を申し出るCG」が映し出されます。 このセリフでのみのCG挿入は何らかの意図があると見るべきでしょうから、 「銀糸を宗家に届ける約束」だけではその意図に合っているとは思えません。 もしカダンがカメオの首飾りを見せていなかったら、それ以前にルタの元へ行った者と同じことになっていたことでしょう。 ですから、このカメオの首飾りがラッテにとって強い意味を持つことが分かります。 よって、「約束」は単純に「銀糸を届ける」だけでなく、 「カメオの首飾りを探してくれること」といったルタとラッテが交わした様々な「約束」を含んでいると言えます。 もちろん現実的にはルタが届けたわけではなく、カダンが届けたわけですが、 ラッテの心の中心はルタで占められているのですから、「結果」のみが重要なので誰がということは関係ないのでしょう。 最後のラッテのセリフ、「これで、これで全てが終わる…ごめんね、ルタ…」、 このセリフからもラッテにとっとルタが全てであり、銀糸や世界は二の次だったように思えます。 ラッテにとってルタは特別な存在であり過ぎました。 ラッテはルタの想いを引き継ぎ、その想いを遂げようとして「ルタ」になったのですが、 それはただ単に「死んでしまったルタ」を認めていなかったのだと思います。 ルタの約束がラッテを縛り付けたように思えますが、真実はその逆、 ラッテがルタという存在を自身の心に縛り付けていたわけです。 最後の謝罪の言葉は銀糸を使ったことに対する謝罪の念というよりも、 死しても尚、ルタを自分のものにしていたことに対する謝罪だったと思います。 うーん、すいません、説明下手で(^^; かなり分かりづらいとは思いますが、そういう経験ないので私も説明できず。 ルタの最後のシーンをもう一度思い浮かべてみましょう。 「い、いつか、本当に…お前を護ってくれる者を見つけるのだ…」 「ううん、ルタじゃないと駄目なんだから!」 ルタは最後にラッテの幸せを望んだわけです。自分は死に逝く身だからと。 けれどラッテにはルタしかいなかったんです。 眷属はいても、守護者はいなかった… これはラッテにとって、本当に頼れる存在、孤独を埋めてくれる存在はルタしかいなかったことを意味します。 確かにルタは銀糸を石切に手渡すことを頼みました。 けれど石切の場合とは違い、銀糸の宿命をラッテに背負わせようとはしてなかったはずです。 それが最後の「お前を護ってくれる者を見つけるのだ」というセリフに現われています。 しかしラッテはルタの願いとは裏腹に、 いつまでもルタを忘れられず、銀糸の宿命に飲み込まれてしまいました。 これが「こんなのルタも望んでいなかったはずなのに」の本当の意味だったのかもしれません。 だからルタの約束はラッテを縛り付けたわけではなく、ラッテがルタの想いを縛り付けたとなるんです。 少しは分かりやすくなったと思うけど… まだ不十分かなぁ(^^; 叩かれるの承知で現実の例に例えますが、事故で息子をなくした母親が陥りやすい典型例です。 よく怪談とかで「死者の魂に引きずられている」という表現があるじゃないですか。 それを思い浮かべてもらった後に頭を切り替えてもらえると分かると思います。 事故死した息子のことばかり母親は考えてしまい、何もできなくなってしまう状態を考えてください。 「あの子が生きていた時はこうだったな」は全然良いと思うのですが、 「あの子が生きてたらこうだったな」、「あの子ならこうして欲しいだろうな」、「あの子のためにこうしないと」と思考が進むにつれ、 亡くなった子供が想像だにしないことを考えさせられていきます。 サスペンス劇場なんかの「息子の敵〜」みたいな復讐劇が分かり安いですね。 「息子さんもそんなことを望んでなかっただろ」と最後に刑事さんが言って、号泣というラスト、よくありますね。 子供の意思を母親が継いでいるのではなく、母親の勝手な想いを子供の意思だと押し付けているわけです。 この時、子供の魂の立場から言えば、「母親に縛られている」と言えます。 「死後の魂なんてない」と思う方は、所謂一つの「死者への冒涜」と考えてください。 死んでもう何も考えようのない人間を勝手に利用しているわけです。 具体例でサスペンスを出したので悪い印象が強くなってしまいましたが、この傾向は誰にでもあります。 生きていても勝手にその人が言ったことにしたりと、他人の意思とは関係なしに、さもその人が考えているように話すと。 ラッテの行動もそう考えてください。 ラッテはルタの想いを穢してしまったとカメオの首飾りを見た時に気付いたのでしょう。 もちろん銀糸の件も関係していると思います。ただそれだけじゃなかったことは確かでしょう。 …つーか、俺もこうやって製作者サイドの意図とは別に考えているのも同じ事ですか?(爆) それはいいんです、それが作品鑑賞というものなのですから(笑) ≪ラストシーン解説≫ ようやくラストシーンの解説に入れます(^^; 「ラストのカダンとアラミスの選択」についてですね。 まず最初にドゥムジの峰を抜けた後の海岸での会話を再確認しておきます。 …あの時のアラミスは笑っていた。ずっとずっと悲しい思いをさせてばかりだったのに。 自分で作った小さい城を前に、嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれていた。 (中略) 海の水が辛いと怒ってみせるアラミス、だがそうは言いながらでも嬉しそうな顔をしていた。 …もしかしたら、このままが一番良いのかも知れない。俺は無邪気なアラミスの姿を前にそう想う。 それは何度も何度も自問自答を繰り返し、未だに俺の中でも答えを出せずにいることだった。 (中略) もし仮に今、俺自身が還れるなら、アラミスにとってはその方が良い事かもしれない。 (中略) それが良いことなのかは分からない。 だが、まずはアラミスを、いや、俺自身を取り戻す。その為にここまで来たのだから。 カダンは未だに迷っていたことがこの部分で分かります。 還ることが幸せなのか、そうでないのか… ただアラミスの記憶を取り戻し、自分自身を取り戻すことが第一歩と考え、ルタの屋鋪へ向かいます。 続いて、ルタを還すシーンを確認。 …ルタの優しさ、我等、還す者はルタの優しさだと、イスナやナンディニは言った。 そして今までに俺が還した者も、最後には笑っていた。 だが、ニムラムやウェズは還されることを拒否していた。 自分の中にこそ、自分以外の大切なものが在るとも言った。 …アラミスも笑った、お姉ちゃんも笑った。 …俺もきっと笑っていたんだと思う。 …ならばルタは…この子供のように泣き続けるルタは… はい、先生! やっぱりカダンさんはいけない人だと思いまふ!(笑) なんかこの会話を見てると、ラッテたん(たん!?)をダシに使ってるような印象受けるんですよね。 まだカダンは還ることが良いことなのか迷っていることが分かります。 「…ならばルタは…」のシーンでマィラとルタ・ラッテの3人の楽しいCGが映ります。 これは直前の「○○も笑った」を受けているのでしょう。ラッテもそんな思い出があったんだよと。 そんなことは露知らずのカダンくん、ラッテたんを還してしまいましたと。 けど結果から言えば、ラッテが救われるには還されるしかなかったと思います。 それは前述の長ったらしく書いたラッテに関する記述が理解できたなら分かりますよね? ラッテにとってルタはあまりに大きな存在で在りすぎました。 それはルタの魂を縛るほどに強固なもの、ラッテが・ルタが救われるにはルタを忘れるしかなかったと思います。 それ以外にはルタが最後に言っていた「自分以外にラッテを護ってくれる者」が現われるしかないでしょう。 ルタの優しい思い出だけを心に秘め、新しい相手と共に未来へと歩んでいけるなら、ラッテは救われることでしょう。 だけどカダンにはアラミスがいますし、ルタに代わる相手がラッテの前に現われるとは考えづらいです。 「人は忘れることで生きていける」、忘れなければならない想いもあります。 自分自身を・相手を縛りこむような想いは捨て去らなければ、先を進めません。 そんなわけで、ラッテが救われるにはこれしかなかったと思います。 ま、もう1つの理由として、ラッテが「ルタ」を捨て去るためにも還される必要があったと思いますがね。 これに関しては銀糸解説編にて触れることにします。 そして最後のシーンです。直前の砂の城のシーンも含め、一部略で書いておきます。 そして俺達は二人向かい合ったまま、砂を集め、山を築き、城を作っていった。 崩れそうになると、俺が水をかけてどんどん大きな城を作っていった。 (中略) …初めて一緒に作った二人の城。並んでみるアラミスの顔はとても嬉しそうだった。 大きな城に作られた幾つかの窓。あれが俺とアラミスの部屋。 蒼く、冷たい月の光に照らされて、確かにそこに在る砂の城。 「わたし達のお城だよ」 「そうだ、俺達の城だ」 「うん、風にも負けないんだから」 呟くアラミスの声が、波の音に消えることなく俺の耳に届く。 …二人で作った砂の城。脆く淡いけど…でも確かに今、ここに在る。これが、俺達の証… 「夜が明ける…」 ゆっくりと明け始める東の空。海と空との境界を、紫から朱へと染めながら昇る日。 湿った潮風は冷たく吹き抜けると、足元に広がる砂を鳴らしていた。 「ねえ、カダン…」 「…ああ、綺麗だな」 また二人で見た夜明け。遠く海の向こうから昇る日を眺めた。 ゆっくりと東の空の向こうから昇る日。この暗い夜を照らし始めていた。 そして昇る日が、海と空との境界を、紫から朱へと染め始めようとしていた。 「それでは…」 「うん…」 「我が名はカダン…還す者の守護者…」 「わたしの名はアラミス…ルタの眷属、還す者…」 いつかのように、互いに名乗りをあげる。 そして今度こそ、俺は守護者から、アラミスと一緒に只のカダンになろうとしていた。 (中略) これでもう…全てが終わる。俺の中のアラミスも、アラミスの中の俺も… 「なあ、アラミス…」 「…うん」 「もしも、もしも今度は…」 「俺が躊躇ってしまった時には…お前は俺にとらわれずに自由に生きろ」 「…」 「その時は、許してくれ、アラミス」 「うぅ…ひっく… だ、だめだよ、カダン… そんなこと言われると…わだし、また戸惑っちゃうよ…」 「アラミス…」 遠くから昇る日を受け、潮風にアラミスの長い髪が揺れていた。 …我等が優しさだと言った、あの者は笑いながら還っていった。 だが、自分の中に在る物を残したいと言った者達は寂しそうな顔をしていた。 でも、本当は、どちらも泣いていたのかもしれない… そしてルタ…いや、ラッテは泣いていた。 今、アラミスは泣いている。きっと俺も泣いている… …本当は俺も…誰も…笑っていたかった筈なのに… 「それでは…」 「うん…」 一番解釈が難しい場面ですね。私自身、よく分かってないのが現実です(爆) 幾つか文章から手がかりを探ると、まず「砂の城=カダン・アラミスの証」を現しているのが分かります。 1章ラストではアラミスだけが作ってましたから、 2人の共同作業であること、これこそが自分の証であり・他者の証であることが分かります。 砂の城の場面でもう1つ、「風にも負けないんだから」というアラミスの言葉、 これは「どんなことがあっても2人の絆は変わらない」ということを意味し、 この後取る行動、互いに還し合ったとしても、必ず2人一緒という覚悟が感じられます。 私にとって分からないのが、その後の情景描写。 同じような描写を2度重ねるということは何かを比喩している思うんですが、私は何を現しているかまでは分かりません。 ここは「今まで一緒のものを見ることができなかった2人が、 同じ方向を見て、同じものを見ることができた」とさせていただきます。 最後の会話は結末をどう考えるかで変わってくるでしょうが、 一つだけ言えるのは「カダン自身、まだ迷っているということ」です。 今までは還された者達(ニムラム・ウェズ・チュチュらを除く)は笑顔だった、それが幸せなのだと思おうとしてましたが、 このラストシーンでは「でも本当はどちらも泣いていたかもしれない」といったように、 還すことが幸せなのかと迷っていることが分かります。 会話から分かる手掛かりはこんな所です。 これだけ要素があれば結末は予想できるのですが、2つ分からないことがあります。 1つは「そもそも、どうして再びお互いに還そうとしたのか?」、 2つ目が「1章でカダンが迷った理由『お姉ちゃん』はどうなのか?」です。 私自身どう捉えればいいのか迷っているため、上手く説明することはできないかもしれませんが、そこはご容赦ください。 1つ目の答えは「けじめ・通過儀礼」だと思います。 カダンもアラミスも自分自身を取り戻したのだから、そのまま一緒に生きていけばいいと思えますが、 長きに渡る旅、眷属と守護者であり続けた関係に対してけじめを付ける儀式が必要でしょう。 んー、これは理屈にできませんね… 自分がカダン・アラミスの立場だとしたら、どうなのか考えてみれば分かるかと。 私達の社会にも誕生・入学式・卒業式・成人式・結婚式・葬式といった数々の通過儀礼があるのと同じように、 互いに歩んできた苦難の道に対する「けじめ」を付ける儀式が必要だったんだと思います。 これは「還した・還さなかった」は関係ありません。その儀式を行うこと、そのものに意味があります。 互いの覚悟を示すためと言いましょうか。 カダンは堅く守護者としての自分を戒めとして守り続けたのですから、それから脱却するには相応の覚悟が必要でしょう。 それ故に互いに還し合おうとする行動は通過儀礼だと言えます。 2つ目の答えは難しいですね… 端的に言えば、「お姉ちゃんは戒めであり、証ではなかった」ことをカダンが理解したからでしょう。 まず1章でカダンが還ることを承知した理由を見ていくと、 「もうすぐ俺達の証が消える」とあるように、自らの死を自覚していたからこその決断でした。 1章ラストでカダンはアラミスを悲しませ続けたのは、眷属という立場ではなく「守護者」としての自分であると気付いています。 カダンはお姉ちゃんとの絆を「守護者としてのカダン」の証としてきましたが、命尽きることでそれが無になると感じ、 自分よりも生きる可能性のあるアラミスをこれ以上悲しませないための行動だったわけです。 しかし朱編でカダンは還って幸せになったアラミスに対して、なんとも言えない違和感を感じます。 それは自分の証がアラミスにあった、つまりお姉ちゃん・アラミス・カダン、3人揃っての楽しい記憶こそが、 アラミスを守る理由であり、守護者としての自分の証だとカダンは気が付いたんだと思います(完全に私の憶測です) えー、つまり1章でカダンにとってのお姉ちゃんの存在は「戒め」「忘れてはいけない痛み」だったわけで、 ラッテのところで解説したように「カダン自身を縛りこむ思い出」ででした。 けれど朱編以降、その戒めは己の証ではないことに気付きます。 それはニムラムのナンディニに対する想いを聞いた事によるものだったり、 旅を続ける間に出逢った人々の想いを見ながらカダンが考えた結果なのでしょう。 ですからラストの時点では「『守護者である自分』とお姉ちゃんは関係ない」とカダンは考えていると思います。 お姉ちゃんの想いはもうアラミス・カダンの2人に受け継がれており、 それを戒めとして重荷にするのは間違いであり、 お姉ちゃんの想いを自分達が胸に抱くことこそが報いであると割り切っていると思われます。 ですから、別にカダンがお姉ちゃんを捨ててアラミスを選んだというわけではなく、 カダンはアラミスを含む3人の思い出こそが大切であり、自身を縛る必要はないと判断したんです。 お姉ちゃんの思いは既に2人の中で生き続けていると言えますね。 そうなると2人が還し合う行為は、お姉ちゃんとの絆を捨て去ることを意味しないかとなりますが… それはチュチュ・ターサと同じく、砂の城の決意にあるように、大切な想いは持ち続けようと考えたとするのが良いと思います。 私自身、この点は上手く説明できずに申し訳ない。まぁ、ラストで2人とも還らなければ問題ないんですがね(笑) 疑問点を幾つか解決しましたので、ラストの重要部分、 「最後にカダンとアラミスはお互いを還したのか?」について考えてみようと思います。 私はどちらでもいいと思います。各自プレイヤーが色々と思いを巡らすということで(^^; 「互いに還した」としても、お互いの大事な想いはチュチュ・ターサのように残っていると思いますから、 ラストシーンのように互いに手を取り合えるでしょう。 眷属としてのアラミス、守護者としてのカダンにけじめを付け、2人はかつての2人に還り、 手を取り合いながら新たな一歩を踏みしめるのでした…こんな感じでしょうかね。 「互いに還さなかった」とすれば、通過儀礼のようなもので2人の決意を示したと考えればいいでしょう。 辛い思いも楽しい思いも全て心の中の思い出とし、新しい一歩を踏み出すのでした…こんな感じでしょうかね。 最後のカダンのモノローグからすれば、こちらの方が近いのかもしれません。 今までは「笑っていた」という表現が多かったのに対し、どちらも「泣いていた」ですからね。 カダンの迷いが伝わってくる事から、2人とも止めた可能性があります。 なんとなく一番ありそうな展開が、2人とも還そうとしたけれど能力が発動しなかったというオチ。 しばしの沈黙の後、「あれ…?」という感じで2人が見つめあい、笑い出すカダンとアラミスだった…という感じです。 カダン・アラミスの力は銀糸によるものですが、それに介在する人物として「ルタ」がいました。 だから「ルタ」の記憶を消してしまえば、能力が使えなくなるという見解もできます。 むしろそうでないと大変なことになりますし… アラミス達以外にもルタの眷属はいるわけですから、能力を持ち続けて良いことにはならないでしょう。 そんなわけで、私はこの説を押します(^^; |
≪『朱』における銀糸≫ 私は『銀色完全版』のネタバレ感想にて、 銀糸は因果律(原因があって結果がある)を覆すもの。 使用者の存在理由(=生命力など)を原因とすることで、願いを結果として付与するもの。 銀糸そのものが因果律を歪めている、と結論付けました。 それに関しては今回も変わることはありません。 ただ「ルタ(ラッテ)」の銀糸使用方法は前作とは著しく異なる点があります。 前作と同じ銀糸の使い方がされたのはルタがラッテの目を癒した部分だけでしょうね。 その理由として、銀糸の使用者は願いを叶える本人ではなく、「ルタ」だからです。 アラミスにしろ、カダンにしろ、ファウにしろ、確かにそれぞれが願うところはありましたが、 本人達が銀糸を意識して使っている素振りはありません。 そこに「ルタ」が「この者の望みを叶えよ」という形で願いをかけているように思えます。 もちろん、「ルタ」が相手に銀糸を巻きつかせているだけで、使用者はその相手本人という見方もできます。 しかしそれならば、もっと人によって異なる形、具体的な形を取ってもいいんじゃないでしょうか? 例えばファウならばお母さんを蘇生するよう願ったり、 アラミス・カダンならお姉ちゃんのレイプされた記憶だけを消すように願うこともできたはずです。 それが成されず、「水鏡」「癒し」「還す」など、一定の能力しか与えられないのは、 願う本人が直接的に銀糸を使っていないことを意味します。 ですから、銀糸の使用者は「ルタ」である方が適切だと思われます。 「願いを叶えるには代償が必要」、これが『銀色』における銀糸の使用法でした。 けれど今回の銀糸は、「ルタ」が介在して能力を授かった人間は、義務という柔らかい形の代償しか要求されません。 しかもその「義務」も強固なものではなく、破ろうとすれば破ることができるほど脆弱なものです。 ならば、『朱』の銀糸は代償を必要としないのでしょうか? 否、それは「ルタ」自身が代償となっているからだと思います。 言うなれば「ラッテだった時の心」、人間性の喪失こそが「ルタ」の払っている代償です。 つまり「ルタ」はラッテではなく、銀糸なのです。 銀糸がラッテの悲しみ・絶望・恐怖に共鳴し、ラッテと融合した姿…それが「ルタ」であると私は考えます。 あの「ルタ」の高圧的な態度と最後に泣きじゃくるラッテ…そこには埋めがたい差異があります。 私はラッテでは幾ら時間をかけようが「ルタ」のようになれないと思うんですよ。 なぜなら「ルタ」は高みから見下ろしているのに対し、 キャラバンが襲われるシーンに象徴されるようにラッテの目線は下にあるからです。 ラッテは自分に害が及ばないとこで自衛隊派遣云々とかゴチャゴチャ言ってるお偉い様タイプじゃないですよ。、 目の前の苦しんでいる人を助ける国境なき医師団やNGO、赤十字の活動をするタイプです。 「ルタ」になるシーン、イスナとの会話でも高圧的態度を見せていますし、 あれは人格が変わってしまっていると見るのが良いと思われます。 よってラッテは銀糸に取り憑かれていたのでしょう。 「ルタ」はラッテの心を依り代とて存在する銀糸であり、 願いを叶える際はラッテの心の分かりやすい形に変換しているのです。 4章のラッテ解説部分はこれを説明するために詳しく書いたんですよ。 「水鏡の者」はラッテの「見えないことの恐怖・外の世界に対する羨望」の心が形に現われた能力であり、 「癒しの者」はラッテの「ルタが死んで自分が生き残った罪悪感」の心が形に現われた能力だと思います。 石切やナンディニが「還す者」が「ルタの優しさ」と言ったのは、「ルタの優しさかは派生したもの」と見ることができます。 だから「ルタ」の叶える願いの幅は狭く、一定の方向しかないわけです。 ラッテが銀糸の制御システムの役割を果たしていると言えます。 ではラッテが還されるシーンをどう捉えるかというと、 かつてルタと約束したカメオの首飾りを見た瞬間に、 ラッテの気持ちがどっと甦ってきて、銀糸の作り出す「ルタ」という人格を優ったと考えます。 だからラッテが「ルタ」を捨て去るためには、還されるしかなかったんです。 もしもカダンに還されていなければ、ラッテは再び銀糸に飲み込まれたかもしれません。 ラッテに戻る鍵がカメオの首飾りであり、「ルタ」を消してラッテに戻したのがカダンなのです。 緋檀の一族の銀糸は『銀色あやめ編』とは違い、消えてしまったわけではありませんが、 「ルタ」として叶えた願いは元の形に戻されると思います。 銀糸は自然の理に反するもの、因果律を歪めるものです。 歪められた事象は本来の形に戻ろうとする自然の力が働きます<弾性力みたいなもの ですから銀糸の「介在者」として存在した「ルタ」という人格がいなくなれば、 「ルタ」として叶えられた願いも消え、本来あるべき姿に戻ろうと力が働くと考えられます。 その元に戻ろうとする力はどんな風に作用するのか私には分かりません。 おそらく自然の事物と同じく、ゆっくりと元の姿へと戻ろうとするのでしょう。 死んでしまった人間には魂の救済、生きている人間には思い出の回帰、 もしくは可能性としての歴史を遡り、銀糸と関わらなかった人生を辿るのか…どうなるかはやっぱり分かりません。 ただそこに何らかの「救い」があって欲しいですね。 私はそれを願っています。 ≪エピローグ≫ 『銀色完全版』の部分(石切の物語)は銀色完全版ネタバレ感想をご覧ください。 そんなわけでこの部分は省略。『朱』のオリジナル部分のみ振り返ります。 340,711days (932年297日後 現代=銀色:篠崎あやめの頃?) とある場所にて、豪華クルージングをする石切とラッテ。 (羨ましい…カチューシャしたラッテたん、ハァハァ(爆) 石切さんの胸もいいですがぁ(連爆) その部分の会話後半。 私の探していた物。それはもしかすると、答えのない物なのかも知れない。 「貴方は私のことを覚えていてくれる?」 いつか還る事を願った空は、何処までも青く晴れ渡っている。 「どうしてそんなこと聞くの?」 「うふふ、少し聞いてみたくなっただけよ」 やはり何が正しいのかは分からない。 けれど、それが悪い事だとも思わなかった。 気の遠くなるほど、長い、長い年月を経ても… いつまでも変わることの無い、何処までも広がる空、灼けた日差しと、波間を跳ねる光がキラキラと銀に見えていた。 眩しかった日のこと、そんなよく晴れた日のこと。 石切の探していたものとは、「願いを叶えられない者はどうすればいいのか」、その答えです。 「そのために銀糸を使うことは正しいことなのか、正しくないのか」、その答えです。 それに対して銀糸を使ったのがラッテであり、銀糸を使わないことを選択したのが石切でした。 その答えは最後まで出ることなく終わっています。 きっとこれはプレイヤー1人1人が考えましょうね、ということでしょう。 そんなわけで、プレイヤーの1人として考えさせていただきます。 手掛かりはその直前の石切の言葉、「貴方は私のことを覚えていてくれる」、この唐突なセリフがヒントでしょう。 これは『朱』におけるテーマの1つ、「己の証」のことを指しています。 「己の証」の結論は「他者との間で認識されるもの」です。 自分1人じゃ価値なんてものは分からない。人の輪の中で始めて分かるものです。 で、石切の問いを考えると、「願いを叶えられない者」は「幸せになれない者」と同じ意味となってます<完全版パートにて では「幸せとは何か?」、例えば望むものが全て与えられたとして幸せになれるでしょうか? お金が使い切れないほどあって、自分の欲しいものをかき集めたとして、幸せになれますかね? 否、容易く手に入るものに価値はありません。欲しい物を手に入れた一瞬は幸せと感じてもそれっきりです。 美少女ゲーマーの積みゲーと同じですな(笑) そんなもんは幸せと言いませんね。 この答えを出すには「銀糸」が分かりやすいと思います。 「願いや望みは叶うことが大切ではない。 叶える為の行為…代償があってこそ、初めて価値のあるものになる」 つまり結果じゃないわけで、その行為に至るまでの想い(努力・協力・悩み・嬉しさ)が大事なんです。 だから「幸せ」とは「想いを巡らせること」、「他者と心を通い合わせること」だということが分かります。 「己の証」と「幸せ」をまとめます。 人間が幸せになるには、同じ人間が幸せにするしかないわけです。 それは単純に何か物を与える好意ではなく、心を通い合うことが大切なのでしょう。 幸せになれない人間には、幸せを感じられる人間が救いの手を差し伸べるしかありません。 超越した存在・力、例えば銀糸に頼るようでは、どんな使い方をしようとも人間は救われないんです。 そこに何らかの想いを抱き、他者との間で自分を見出すことができなければ… 確かに1人1人のできることはちっぽけで限界があります。ファウのように自分の能力に限界を感じることがあるでしょう。 だけどそう思う人間が少しでも増えれば、それだけ幸せになれる人間が増えていきます。 人と人とが助けあうこと、人と人の間で幸せを感じること、それこそが「人間」の姿なんだと思います。 製作者サイドにそういう意図があったかは別として(笑)、 『銀色』『朱』という作品からそういう想いが感じられました。 おっと、テーマ以外の最後の問題、ラッテは不老不死か否か。 石切も不老不死ですから2人にとって流れる時間の長さは関係ないので問題ないわけですが、 私は不老不死ではないと考えています。 あのラッテは何世代か後のラッテ、そう思っています。 「ルタ」であった間のラッテの時間が銀糸の影響で止まっていたと考えれば、不老不死である必要はありませんし。 その方がラッテにとっても幸せだと思いますが…どうなんでしょう? 最後の石切のセリフ、なんとなく自分が還ることを予見しているように思えます。 当然、銀色で三井とあやめのハッピーエンドになれば、銀糸が昇華されるので、 石切も不老不死でなくなり、その存在も元の状態へと還ることでしょう。 そうなるとラッテだけ不老不死になっちゃうから…可哀相と(爆) 石切さんはいんです。救われるのは決まっていますから(^^; そんなわけでラッテ不老不死説には断固として反対します。 あぁ、ラッテたん、ハァハァ。 素朴な疑問、不老不死だとしても妊娠は…?(核爆) つーか、一番謎なのは緋檀の一族の生き残り連中なんですが… 長がいなきゃ、銀糸なければ何もできない雑魚風情? 普通に生活しましたとさっぽい感じがしますね。 |
もう文章書きすぎて、私自身ワケ分からないです(爆) まとめるも何も書きたいことは全て出し切っちゃいましたし。 これだけの文章を全て読んだ人間がいたら神です(苦笑) いましたら、感謝感謝(ぺこり) 『朱』のテーマに関しては「プレイ直後の感想」と「エピローグ部分」をご覧ください。 「人の幸せは自分と他者の中にある」ということです。 みずいろでも「普通の素晴らしさ」を語っていましたし、 近くにある幸せを感じ取り、自分のできる形で大切にしていって欲しいということでしょうね。 『朱』という作品は美少女ゲーマーに対するアンチテーゼといったものでしょうか。 製作者側が作りたいものを作ったという感じですね。 「萌え」といった要素は少ないですし、ユーザーに媚びていない作品です。 同種の作品である『銀色』で受け入れられた、ねこねこソフトさんしか作れない作品だったと言えますね。 時間がない美少女ゲーマーには辛い作品だったでしょうね〜 考えないと何が言いたいのか分からないわけですから。 ゲームの消化が目的とする人にはできないゲームです。 「もっと時間をかけて、作品を考えよう」という思いでも込められているのでしょうか。 いやはや、そうだとしたら耳が痛い話ですね、まったく(笑) でもどうせここまでやるんだったらHシーン全廃でも良かったと思いますが(^^; 特にアラミス・ラッテのHシーンは唐突過ぎましたし… オマケで遊び感覚でHシーンやってもらった方が良かったかなと。 特にラッテたん、ラッテたーん! Hはツインテール希望です<それが本音かい!? こほん! 話を戻してと… 『朱』はプレイヤーに理解されにくいことを考えれば、完成度は低かったかもしれません。 けれどこうやって考えればこれだけの文章が飛び出してくるわけですから、 作品としての味わいは深いものがあったと思います。 こういう「考えれば考えるほど」という作品がユーザーにどれだけ受け入れられるか、興味を引くところですね。 まだ私自身の考えが至らない点が多く、十分な解説となっているか自信ありませんが、 『朱』という作品を考える一例となれば幸いです。 皆様に合った『朱』が見えますように。 それを心に願いながら、ネタバレ感想の締めとさせていただきます。ではさようなら〜 |
あ、書き忘れていたことが1つ。 これはねこねこソフトさんへのお願いみたいなものですが(^^; 『銀色』『朱』と独自路線を打ち出した作品を2本出したわけですから、どうせなら3本目も行っちゃいましょうよ。 というもの、『銀色』『朱』では「銀糸」そのものに関する言及がほとんどされていませんからね。 私は『朱』で答えが出るのかなと思ってましたが、『銀色』の情報とほとんど変わってませんし。 「銀糸」がストーリーにおける「超越した力」としてこの世ならざるものとして描いているのは分かります。 詳しく描いてしまうと、そういった神秘性が失われてしまうのも分かります。 だけど2回連続で使っておきながら、その真実が分からないままでは、プレイする方は気になっちゃうじゃないですか(^^; 是非ともここは『銀色』『朱』に連なる3作目を期待したいです。 そうですね… 「銀糸の伝承の始まり」、「三井とあやめの話を再び」といったとこでしょうか。 具体的に知りたいのは、「銀糸はどういう存在なのか。正か邪か?」、 「銀糸が終わりを迎える時、全てが還る条件とは?」の2点です。 今までは推測することしかできませんでしたが、思い切った答えを出して貰いたいところです(^^; あ、その時はラッテたんの再登場希望(爆)<できればツインテールver希望 |